第9話 血の舞踏

『グルルルルルルル......』


肉の焼ける匂いに釣られて空腹状態の獣が襲って来ているのだろう。火を焚いているのに仕掛けて来るという事は早急に食料を確保しなければならない状況という事だ。


何体いるかはわからないがとにかく囲まれている。恐らく10体前後。


「何が何体何処にいるかもわからないわね......」


獣という事以外何もわからないのが辛い。しかも慣れない対集団戦。ここはトウヤが水浴びから帰って来るのを待った方がいいか?


......いや、この程度撃退できなければこれから続く苦難の連続であろう旅の途中で必ず死ぬ事になる。


「【炎統べし者よ 凶き業火をこの手に宿せ】」


火属性上級攻撃魔術、【業火ヘルフレア】。 これで焚き火のある場所に指定して業火を生み出す。超火力で撃退しようと試みるが、獣は決死の覚悟なのか引く様子は無い。


しかし、凄まじい熱量の炎によって生み出された光量が木々の間を照らし、獣の姿を露わにする。


長い鼻面を付けた顔は犬の様だが、体つきは猫の様なしなやかさを感じる。そしてまだら模様の毛に四足歩行。ハイエナという奴だろう。


厄介なのがその数。見える限りでは此方の森側に6、小川の向こうに5の総勢11頭という多さ。それに加えて11頭の中で1頭に邪悪な魔力を感じる......恐らくボス格の魔獣だろう。魔獣は通常の同種の獣と比べて凶暴性が非常に高い。それが指揮するとなれば他も同様だろう。どう対処するか......


【業火】などで焼き払うのが1番なのだろうが、ここは片面が森。小川を挟んだ向こう側も森なので昼間に言われた様に火属性は危険だ。


ならば......


「【風霊の巫女よ 我が腕に風の大鎌を 】!」


風属性中級攻撃魔術、【風鎌エア シックル】。【風刃エア ブレード】の上位技だ。【風刃】よりも広い範囲を刈り取るその魔術をハイエナ一頭目掛けて撃ち放つ。


放たれた風の刃は見事にハイエナの胴体を真っ二つに切断し、その断面からは血液と臓物がボタボタと零れ落ちる。


1頭が狩られた事で連携力の高いハイエナ達は元々最大までしていた警戒心を振り切った。


しかし、その警戒心は緊張。そこに一瞬の隙が生まれる。


「【切り裂け】!」


続けて【風鎌】を【連続起動ラピッドファイア】。ハイエナ達の緊張が高まった事で硬直した所を狙い撃つ。今度は近しい位置にいた2頭を纏めて切り裂く。一頭は先程と同様腹を裂いて臓物を草むらに撒き散らし、もう一頭は頭が半分になり、脳漿を飛び散らせる。


自分でやっておきながら吐き気を催すが必死に堪える。自分で殺した以上命には責任を持たなければ。


『グルァァァ!!!』


形振り構って居られなくなったのか、ハイエナ達が一斉に飛びかかってくる。その表情には鬼気迫るものがあり、逃げようとした足が彼らの仲間を3頭も殺したと言う負い目からか一瞬硬直する。


ーーそして、そんな隙を野生の獣が見逃す筈が無い。


目の前に迫るハイエナ達。その大きく開かれた口が今から私の体に噛みつき、肉を喰らい、骨までしゃぶり尽くす。


「ーーーあ」


何か詠唱しようとしたが声が出ない。私は......脆かった。


これまでかと諦めて目を瞑り、噛み付かれる瞬間......何故か体が浮いた。そしてそのまま後ろに引っ張られる。


そして私の顔に生暖かい液体が散る。


この焼けた鉄の様な香りは......血だ。でも私の血じゃない。私の体に訪れる筈だった複数の痛みはやって来てはいない。一体何の......


「!?」


目を開けると其処には上半身裸の筋肉質な人影......そう、トウヤだ。水浴びもそこそこに帰って来る途中、異常に気が付いたのだろう。彼の全力ならこの速度で帰って来られてもおかしく無い。


でも、今はそんな事重要じゃない......ッ!


「トウヤ......ッ!」


「ッ......!!」


トウヤの体には4頭のハイエナが噛み付いていた。右前腕、左二の腕、右脇腹、左腿......脇腹は明らかに噛み切られている。


「ガァァ!!」


トウヤは思いっきり体を捻ってハイエナを引き剥がす。右前腕は深々と齧り付いていて離れないので左手で頭を掴んで思いっきり引き剥がす。その所為で右前腕の肉も噛み切られて千切れる。


「痛ってえな......」


そう言いながら引き剥がされて地面に倒れたハイエナの頭部を踏み潰す。


しかし、仲間が1頭やられはしたが、所詮手負いの死に損ないと判断したのだろう。怯まずに2頭のハイエナが彼に襲いかかる。


だが、彼は強かった。獣は形勢判断を間違えたのだ。


1頭に右ストレートを叩き込み、そのままもう1頭の首を左で、その少し下を右の逆手で掴んで首をへし折り、続けて明らかな戦力差を前にして硬直したハイエナの顎を容赦無く蹴り飛ばす。


最早叶わないと即座に撤退をしようとした1頭の尾を掴んで地面に叩きつけ、襲いかかってきた2頭を蹴りと裏拳で叩きのめし、背後から来た1頭を見事な後ろ回し蹴りで頭部を打ち抜く。


ほんの数秒で7頭のハイエナの命を刈り取ったその流れる様でありながら野性の獣の動きにも見えるそれは、彼の全身から散る鮮血の鮮やかなあかさと相まって躍動感溢れる舞踏の様にすら感じてしまう。


「残りは、お前1体か......」


残りは群のボス格である魔獣化した1頭。他のハイエナよりも大きな体躯。そして決定的に違う点でもある漲る魔力。


『ガルルルルルル......』


低く発せられ続ける唸り声は精一杯の威嚇なのだろう。群のボスとして、他の仲間の仇を討たなければならない......そんな所だろうか。


魔ハイエナから濃密な魔力が溢れ出す。何かを仕掛けてくるつもりなのだろう。足を曲げて限界まで力を溜めている。


『グラァァァァァ!!!!』


そして限界まで溜めたエネルギーを解き放ち、魔力の爆発力との相乗効果で凄まじい速度の巨大な弾丸と化す。


奴が今までに狩って来た相手ならば、それで十分だったのかもしれない。


ーーーしかし獣は、今戦っているのが自分を超える化け物だという事を失念していたらしい。



ヒュッ



一瞬トウヤの右腕が閃く。


ハイエナがトウヤに激突する瞬間、


......いや、頭だけじゃない。全身が縦方向に切り裂かれてトウヤの両脇を通過して地面を滑る。


「今......何を......?」


彼の手をよく見れば、右手に猪を解体していたナイフが握られていた。


あんなたかだか刃渡り10センチ前後のナイフであの大きなハイエナの体を両断するなんて芸当が可能......なの?


トウヤがこちらに歩いてくる。


私のそばに立ったと思ったら、頭をコツンと殴って来た。


「何するのよ」


「どうして直ぐに呼ばなかったんだ。死ぬ所だったんだぞ」


「呼ぶって言ったってそんな......」


湖と此処との距離は少しある。叫んだところで......


「他にもやりようはあっただろう。上に火球を打ち上げるとかよ......」


「あ、あんな囲まれてる状況でそこまで頭......回らないわよ......」


「ははっ......それも......そう......だ......な......」


突然彼が地面に倒れ込む。


「ッ!?大丈夫!?」


「あ......あぁ......」


恐らく血を流し過ぎたのだろう。噛みちぎられた右前腕と右脇腹からの出血が特に酷い。


「【癒しの天使よ 彼の者に慈悲を与え給え 恵みを与え給え】!!」


光属性上級治癒魔術、【光性治癒ライト ヒール】。今この状況で私が使える中でも最上級の治癒術だ。


噛みちぎられた箇所から肉がボコボコと盛り上がり、皮を作って正常な状態へと戻す。他の噛み付かれた箇所も元通りになる。


しかし、治癒魔術は本人の治癒力を促進して治しているだけ。見かけは戻せても流し過ぎた血は戻らない。暫く休めば治るとは思うけど......


そこで私は気がつく。血を作る為にはまず鉄分が必要だ。パッと思い付く限りでは......レバーか。気を失った彼の頭を地べたに置き、足首の下に毛布を丸めたものを置いておく。


【業火】で燃えっぱなしだった焚き火の火を元通りにした後、先程カットした物を置いていたトレイからレバーを有りったけ取って燻製機にセット。余ったスペースに他の肉を置いておこう。


そのまま焚き火の上に置いて燻製に。目が覚めたら食べさせよう。


今日は徹夜確定。私まで寝たら見張りがいないまま寝てる間に襲われてお陀仏だ。


他にやっておく事は......忘れていた。トウヤの衣服を洗って乾かすって約束していたんだった。


試行錯誤の結果、【洗浄ウォッシュ】と【#微風ソフト ウィンド】 【熱風フレイ ウィンド】を微調整して使う事で生地を傷めずに洗って乾かす事が出来た。時間はあるしこの工程を毎回繰り返すのもなんだから一連の流れを組み込んで術式を作っておこう。


小腹が空いたので焚き火で燻製を作りつつ肉を焼いて食べる。綺麗に処理されてるからか血の生臭い香りは無いし、獣肉特有の匂いは香辛料で誤魔化して美味しく食べることが出来た。


そんなこんなで手元の懐中時計は0時を回る。家を出てから1日が経過しようとしている事になんだかムズムズするような何というか不思議な感覚がする。


「わぁっ......」


ふと空を見上げると満天の星空が広がっていた。


どこまでも繋がる数千年、数億年、もしくはそれ以上の過去から届く眩いばかりの光。


「懐かしいな......」


おばあちゃんが街へ買い出しに出て行っており、家に誰もいない日は屋根の上に登って星空を見上げるのが私の日課だった。


そうして空を見上げていたら私を丸一日1人にしておけないとか言って暗い森の中を踏破して夜遅くに家に帰ってくるおばあちゃんを迎える......いつものパターンだった。


「おばあちゃん......」


必ず、助ける。





夜は更けていく。








「あ、体洗わなきゃ」


こんな状況じゃ風呂どころか水浴びも厳しいので今日の所は【洗浄】を自分に使うだけで我慢しておこう。

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魔女と剣士と終焉霊薬 あんきも @siranui2580

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