第8話 唸る獣
「死んでたまるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
17年しか生きてないのに死因が馬鹿男と高所落下による心中なんて嫌すぎる!!!
「【風霊の巫女よ 我が背に 白き翼を】!」
私は咄嗟に【
「俺も助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
忘れてた。こうなったら多少荒っぽいけどやるしかないだろう。
「【風霊の巫女よ 我が
飛行で急降下して落ちていくトウヤを【飛行】で追い越し、【
そのまま【
「随分とやってくれたじゃない?」
「面目無い......死ぬ所だった。助かったよ、ありがとう」
「そのまま死ぬまで感謝の焼き土下座をしてなさい」
「結局死ぬのか!?」
そんな事を話しながらゆっくりと降下していき、湖の畔へと降り立つ。
「あんな所から飛び出したんだな......」
彼が上を見上げているので私も見てみれば、確かに。かなり高い所から落下したらしい。
「あんたも悪いけどこの森の構造も構造よね......どうしてこう切り立った崖の上に森が生えてるのかしら」
「......知らんなぁ。今はそんな事考えてる余裕ねえよ......」
「所で、段々暗くなって来てる気がするのだけれど......野営でも張りましょうか」
西の空を見れば段々と太陽が降りて行き、夕焼けが見え始めている。
「そうだな。生憎そんな装備は持ってないが......もしかしてこのバッグの中に入ってたりするか?」
私からちょっと前に奪い取ってからずっと背負っていたこんもり盛り上がっているバッグを親指で指差す。
「ええ。ちょっと待って」
私はバッグの中をゴソゴソを漁り、中から小さなキューブを取り出した。
「なんだそれ」
「確か説明書には......」
ふむふむ。魔力を流して
「いや説明書って......何する気だよ」
「説明するより見た方が速いわ。先に野営するのに適した場所を探しましょう」
「まぁそうだな。こんな湖の側だと獣や魔獣が飲み水を調達しに来そうだ」
暫く歩き、結局水場は側にあった方がいいとの事になり、チョロチョロと流れる小川の側で野営を張ることにした。
「んで、それはなんなんだよ」
「まぁ見てなさい。退いた方が良いわよ」
「お、おう」
丁度よさげな場所にキューブを置く。
「【
魔力を込めながらさっき説明書に書いてあった【
すると青い魔力を放ちながらキューブが発光し、どんどん大きくなっていったと思えばそれが展開する様に開き、光が止んだ時には目の前にテントと焚き火、簡易調理器具やすり鉢などその他諸々が勢揃いしていた。言わば拠点製作キットって事だ。
説明書によれば、キューブの中に虚数域が有り、その中に押し込んだ物品を【命令】と魔力を合図に展開する......らしい。
「すっげえな、こんなもんがあったのか」
彼はテントの中を覗き込み、不思議そうに言う。私も色々確認しなきゃね。虚数域にあるらしいから大丈夫だとは思うけれど一応損壊や劣化とかを調べなければ。
「おばあちゃんの所持品だったわ。便利そうだから持って来たの」
「こんなものがあるなら俺も欲しかったな」
「気になってたんだけど、貴方冒険者なの?」
ふと聞いてみる。前後の記憶は失ってるみたいだけれど、迷いの森なんて言う危ない所に足を踏み入れるくらいなのだから相応の用事があった筈だ。
「あぁ。と言っても数年前からやってないけどな」
懐かしむ様に目を細める。過去を思い出しているのだろうか。
「やってない?それはどうしてよ」
「すぐにそれどころじゃ無くなっちまったんだよ」
「そう......あまり聞かないでおくわ」
「あぁ。あまり子供に語る事でもない」
「子供って貴方ね......子供子供言ってるけど私と貴方、そこまで年齢変わらないでしょう?」
トウヤは大和?って所の出身で多分人種が違うから何とも言えないけれど、私の感覚では相当若く見える......他の人を見た事が無いんだけどね。
「俺は21だな」
「私は17よ。4歳しか変わらないじゃない」
「4歳って案外大きな差だと思うんだが......まぁ要するに血生臭い話だ」
「ふうん。まぁいいわ。詮索して良い事と悪い事がある事くらいわかってるしね」
「理解が早くて助かる。取り敢えずそろそろ飯でも用意するか......何か入ってたりするか?」
「一応数日分の軽い食料は入れて来たけれど、今思えば足りないかもしれないわね......」
保存が効いた方がいいかと思ってビスケットや乾飯を詰めて来た。
「釣りをする時間も無いしな......ちょっと火を焚いて待っててくれ」
「どこへ行く気?」
「決まってるだろ、獲ってくるんだよ」
そう言って風のように去っていった。
「......まぁ火を焚いておきましょう」
焚き火は既に組み上がっている。どうやら種火を作ってセットするだけの様だ。
軍手をはめ、左手に干し草を持って少し手で揉む。
「【種火よ】」
パチンと指を鳴らして唱えると鳴らしたところから小さな火が飛んで干し草に付く。小さな火が燻り始めたそれを両手で包む様にして息を何回か吹き掛ける。すると中心部が赤くなり、小さな煙が上がり始めた。
後はこれを焚き火の中に放り込む。柔らかい風も手助けして、暫くするとごうごうと火が付いた。
これからどうしようかと思っていたら、遠くに凄まじい速度で此方へ向かってくる人型の影が見える......多分トウヤだろう。
「よう。待ったか?」
「待ったも何もまだ5分も経ってないわよ。で、何を捕まえて来た訳?」
「こいつだ」
トウヤが隠していた右手を差し出してくる。なんだと思って見てみれば、それは逆さまにされ、足を逆手に持たれた一頭の立派な豚が居た。
「豚なんてよく居たわね......」
と言うか素手で豚を捕まえてくるってのがそもそも信じられない。
「まぁ正確には猪だがな。魔物じゃないから安心しろ」
そう言うと近くの木に巻き付いていた蔦を数本取り、その蔦で猪の両足と手頃な高さにあった太めの木枝に巻き付ける。吊るし切りってやつか。
「あ、このバケツ借りてもいいか?」
「良いけど......何に使うの?」
彼は此方を見て何やらウインクをした。正直気持ち悪いが美形だからだろうか。なんだかそれが似合っている様に見える。
バケツを猪の下に設置し、ナイフを取り出してこなれた感じで胸の辺りに突き刺す。数秒抉ると傷口からドバドバと大量の血液が流れ出て来る。傷口の辺りをマッサージするように親指を動かして血の流れを促進させている。
「何をしているの?」
「血抜きだ。放血とも言うがな。ナイフで心臓や動脈を抉って血を粗方抜いちまわないと肉が生臭くなる」
「それは嫌だわ......」
「ついでにバケツを借りたのは血を溜めるためだ」
「それはどうして?」
「血をそのまま地面に流すと血の匂いを辿って他の獣や魔獣がやって来る。それはかなり面倒だからな。後で捨てに行くんだよ」
考えてみれば至極当然な事だった。
「ふぅん。冒険者の知恵ってやつね」
「拠点なんかは特にな。すぐ移動する時とかは良いが」
血抜きが粗方終わったと見て、話しながらも手際良く解体を進めて行く。数分した時には既に猪は唯の肉塊と化していた。
「俺は血とか諸々を捨ててくるよ」
「ええ。私は仕込みでもやっておくわ」
「頼んだ」
また彼はバケツを持って何処かへ走って行った。私は処理された肉塊をカットしておこう。
「さて、私の本気、見せちゃおうか」
こう見えても私は森の中で暮らしていた時、おばあちゃんが獲ってきて解体した物を調理する役目をしていたのだ。だから家事全般は完璧。
「まずは......【風の刃よ】」
風属性の魔術、【
「うーん、で1度にこんなに食べる訳じゃないし......」
そう思っていると視界の端に何かが映る。
「あ、これ燻製機ね」
焚き火の上に設置して使う事が出来る3本の棒が組み合わさった形の奴だ。探したらチップもあったしこれは燻製で確定かな。
【風刃】で食材を遠隔で丁度いい大きさにカットしつつ、チップをセットして燻す準備をする。まぁ燻すのは普通に肉を焼いてからでいいでしょう。
「【念の
無属性の補助魔術、【
カチャカチャと網を置く台を組み立てながら【念力腕】でブラックペッパーを引っ張って来る。やっぱり焼いた肉にはこれでしょう。そうこうしているうちに網台が組み上がった。
「......おい」
焚き火の上に網をセットしていると後ろから声。
「あ、いつの間に帰ってたの?声をかけてくれれば良いのに」
「それは済まなかったが......なんだ、今の常軌を逸した調理は......」
「常軌を逸した?」
何を言っているんだろう?いつもやってる事なのに。
「普通は魔術の威力を調整して食材カットに使ったりはしないんだよ......」
「え、そうなの?便利なのに......」
8歳とか9歳からこの方法でやっているから普通だと思ってた。
「ってかどれだけ完璧な魔術制御だよ......」
「何か言った?」
「いやなんでもございません」
「そう」
多分何か言ってたと思うけれどまぁ気にしない方針でいこう。
「と言うかそれよりも貴方、水浴びして来てくれないかしら?会った時にずぶ濡れだったのは多少マシになってるけれど泥だらけじゃない」
返り血がこびりついてるし汚いのなんの。
「わ、わかった。でも着物って手入れが難しいんだよな......」
「着物?」
「あぁ、この服の名前だ」
「そう言えば靴だけじゃなくて服も珍妙よね......下は何それ、スカート?」
キモノとやらを触ってみる。生地が結構良さげなもので確かに水を使った丸ごと洗いには向かなそうだ。生地が傷んでしまう。下に履いているスカートみたいなものも結構硬い。
「下は袴って言うんだ。どっちも楽には洗えないのが難点だ」
「ハカマ、ね、その格好旅をするには向かないんじゃないの?」
「ごもっともでございます」
「はぁ......わかったわ、私がなんとかしておくから取り敢えず脱ぎなさい」
「りょ、了解」
そう言って彼が黒いキモノと白いハカマとやらを脱ぐ。下は一応肌着は来ているみたいで安心した。異国の服って驚きの連続だから肌着を着てなかったらどうしようかと思ってたわ。
と言うか肌着を着た上からでもわかるこの男の筋肉質な体よね。なんだか無駄なく引き締められたって感じがする。初めてみるけれどこれが男女の違いって奴ね。
「じゃあ俺は湖で水浴びして来るよ」
「そう言うのはいいからさっさと行って来なさい」
「おう」
そう言い残して彼は水浴びに出かけて行った。
その後、私はご飯の準備に戻って暫く肉を焼いていた......その時だった。
『グルルルルルルル......』
「ッ!?」
獣の唸り声!?まさか肉の匂いに釣られて!?
しかも1匹じゃない。どうやら囲まれているようだ。
「迂闊だった......ッ」
今彼は水浴び中、1人で対処するしかない。
「やってやるわよ......かかって来なさい!」
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