第7話 迷いの森 伍
「ちょおぉぉぉぉぉぉぉっとまてえぇぇぇぇぇ!!!」
抱き抱えられたままの姿勢で思いっきり右足をトウヤの顎に叩き込む。
「ぐふぉ!?」
急な打撃に私を抱えていられなくなったのか体が宙に浮く。
「おっとっとっとっと!?」
超高速の千鳥足の様な足踏みで数歩進んだかと思えば足元にあった大きめの石に躓き、バタンと重い音を立てて地面にうつ伏せに倒れこむ。
「痛ってえな何すんだ!!!」
「こっちの台詞よ!魔力の線が見えるのは私だけなんだから私が目で追えない距離で移動されてもわかんないわよ!」
「あっ......」
「見えたとしても伝えらんないわよ全く、このバカ男」
あんな超高速で移動されるとは思わなかった......お陰で髪がグシャグシャじゃない。手櫛で取り敢えず整えておこう。
「バカとはなんだバカとは......でもそれは考えてなかったな......しかしまた真っ直ぐ歩きながらってなると相当時間を食う事になるな」
「それについては考えがあるわ」
「なんだ?」
「貴方に【
「そんな魔術あったか?少なくとも俺は知らないんだが」
「私も知らないけれどまぁ出来るでしょ」
要は普通の付与魔術を使う感覚で【解析】を【付与】すれば良いだけだ。
「まぁ出来るでしょってお前何をする気だ?」
頭の中で魔術式を組み立てる。多分付与魔術の構文と照らし合わせてやれば出来るはずだ。多少長くなってしまうがまぁ気にすることでも無い。
「【遍く叡智はひれ伏し 遍く知識は白日の下に 汝が
差し出した私の手から青い光が伸び、彼の体に纏わりつく。
「おお......?おお!!凄え!なんか見えるぞ!」
「成功......みたいね」
魔術名はシンプルに【
「しっかしお前......本当に出来るやつだったんだな」
「失礼ね、私は天才よ!」
「はいはい天才天才。さてと、そんじゃあまぁ行くか」
そう言ってまた私の背中と膝に手を回して持ち上げる。
「......これ、恥ずかしいんだけどどうにかならない?」
「なんだ、正面から抱き抱えるのはどうかと思ってこうしたんだが......やっぱり肩車の方が良いか?」
「こっちで良いわ」
即答した。冗談じゃない。 そんな事されるくらいなら死んだ方がマシだ。
「んじゃまぁ気張れよ。行くぜ」
返答する間も無く再度景色が凄まじい速度で流れた......と思った瞬間、
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
顔に吹き付ける豪風。速度は速いわ景色は流れるは振動は凄いわ酔いそう。目だけでも瞑っておこう。
数十秒経過した所で再度衝撃。これは地面を滑ってるのかな?ガリガリと地面とゾウリ?が削れる音がする。と言うかあのゾウリってやつ草で出来てるみたいだけれど大丈夫かしら......
その後何度かステップを踏んで止まった。
「着いたぜ。見てみろよ」
促されて目を開けると、其処には結界区画の角とでも言うべき物がある。魔力の糸で編まれた壁と壁が垂直に交差している。起点とみてまず間違い無いだろう。
「ここがどうやら起点みたいだな。だが見た感じ糸が特に集中してる場所ってのは見当たらないが......」
「そうね......なら恐らくココよ」
私は結界の角の地面を踵でコンコンと指す。
「成る程。掘ってみるか」
彼が懐から取り出したナイフで地面を器用に掘り始める。地面の下まで結界が張り巡らされており、もっと言えば下の方が密度が濃い様に思える。
「ビンゴだ」
「?......何か見つけたの?」
彼が掘っていた場所をナイフの先端でカンカンと突いている。そこを覗き込むと、何やら如何にもと言った風体の怪しい石が有った。
「これが起点で間違い無いわね。糸が此処から出ているわ」
「しっかし驚いた。まさか魔石が埋まってるとはな......そんでどうすんだよこれ。解呪か?それともぶっ壊すか?」
「一旦解呪してみるわ」
迷いの森、だったかしら。こんな大規模な結界を張り巡らす訳だからさぞかし強い魔術が......
「あれ?」
「どうかしたのか?」
「いえ、この魔石......」
その魔石周辺に集中している魔力の糸は確かに複雑に絡み合って解く事は難解そうではあるがその反面、絡んで玉になった後は細い一本の糸が魔石に繋がっているだけだった。
勿論魔石の下には地面深くから伸びる幾筋もの糸が繋がっており、土地の霊脈と繋がって魔力を供給しているのであろう事はわかる。
「こりゃ確かにこの一本だけ繋がってる糸を切っちまえば......」
「結界は多分解除出来るでしょうね......」
「やってみるか」
「物理的には切れないわ。ちょっとどいてくれる?」
「あぁ」
私は腰に据え付けた短剣を抜き放つ。おばあちゃんの所持品だったけど、出発前に確認したところこの短剣には魔力を断つ力がある様だった。この短剣なら糸を切断出来る。
短剣の切っ先を糸に当てると、手応えもなくプツリと切れた。
その瞬間だった。
【解析】により視覚的に見えていた魔力の壁に綻びが生じ、そしてその綻びは徐々に広がり、壁に穴が開く。
その穴は一度空いてしまったが最後、加速度的な速さで広がって行き、視界内に見える範囲では壁は消失した。
「これでこの区画は完了って事かしら」
「その様だな。後はこれを繰り返せば......」
「想像するだけで気が遠くなりそう......」
「まぁでもやらなきゃ帰れねえからな、やるしかない。重労働だが頼んだ」
「まぁ仕方ないわね......じゃあテキパキと済ませたいから次の区画まで宜しくお願いするわ」
「了解!」
再度お姫様抱っこ、からの超加速。3回目ともなれば多少は慣れる。
そのまま暫く走っただろうか。数分は走っていたと思うけれど一向に彼の足が止まる気配がない。さっきは数十秒で端っこまで辿り着いたけれど、もしかして比較的角に近い部分だったのかしら?
「なぁ」
「何?」
彼が少し速度を落として話し掛けてくる。風が煩くて聞こえ辛いけれど話せないほどではない。
「一区画ってこんなに大きいもんなのか?俺のこの速度で数分走っても辿り着かないとかどれだけ広大な仕切りなんだよ。それとも今の区画がデカイってだけなのか?」
「それについては私も思っていたわ。幾ら何でもおかしいし、角に魔石が埋められていてその魔石からそれぞれ12時、3時、6時、9時の4方向に壁が広がって区画を形成していたと考えると区画一つ一つの大きさが違うって言うのは考え辛いわ」
きっちりと等間隔に配置されていないのであれば、何処かで必ずズレが生じる。だから碁盤の目の様に交差している筈だ。
「そんなもんか......まぁ暫く走ってみるよ。まだ【解析付与】の効果は続いてるみたいだしな」
そう言って再度速度を上げる......彼、身体強化魔術でも使ってないとおかしいくらいの速度を生身で出してる気がするのだけれど......まぁ気にしないでおこう。なんだか怖い。
「おいおい!前見ろよ前!」
そのまま揺られる事数分。目を瞑ったまま揺られているとだんだん慣れてきて心地よさすら感じてきた頃、彼が興奮した声で話しかけてくる。
「え?」
促されるまま正面を見ると......そこには光が有った。
「まさか!」
「そのまさかだ!外だよ外!」
彼の速度が更に上昇する。まだ上があったのこれ!?
そして一瞬の衝撃の後、体がフワッとした感覚に襲われる。どうやら彼が踏み切ってジャンプした様だ。
目の前に光が広がる。
今まで16年間、ずっと森の奥で暮らしていた。
外の空気、外の光、外の景色。幼い頃からの私の憧れ。
十数年間待ち侘びた外の世界が......遂に......
森の外に飛び出した瞬間からおばあちゃんを救う為の、私の物語が始まるのだ。
そうして遂に森を抜け、光の中へ飛び込む。
私の目の前に飛び出して来た景色は......無限に広がる様な山々、そして眼下に見える湖......
え?湖?
跳躍してから、慣性に乗ってまだ飛び続けているが徐々に失速している。
真下に湖が見えるって事は......
私はチラリと後ろを見る。
私達が飛び出して来たところは切り立った崖になっていて、そこから飛び出した様だ。
「「あっ」」
慣性に従えば次は重力に従うのは必然。
「こんのアホ男ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「すまん死ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
私達は湖へ向け、凄まじい速度で急降下したのだった。
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