第6話 迷いの森 肆

「は?」


「ですから、出た事無いんですって」


「いやいやいやいや......」


彼は頭を抱えて蹲った。


「まさか魔物の処理の仕方とか色々世間知らずだったのはそのせいか......」


「何か言いましたか?」


「今後の旅程について少しな......」


「と言うか貴方は森の外から狩りにでも来てその道中で私を助けてくれたんじゃ無いんですか?」


そう。その筈なのだ。彼が出口の方向を知っていなければおかしい。


「話してなかったか......俺、記憶喪失なんだよ......」


「記憶喪失?でも終焉霊薬ラストエリクサーの事は......」


「記憶喪失って言うかなんと言うかだな......気がついたらこの森の中の洞窟みたいな所で寝てたんだよ」


「えぇ!?」


森に洞窟......私は知らないけれど森の中には洞窟や祠、迷宮があっても何らおかしくは無いだろう。


でもだからって......


「本当だって。起きたら変な機械の上で寝ててしかも液体で全身ずぶ濡れでな。取り敢えず洞窟から出たらデカい咆哮が聞こえてきてなんだなんだと思って聞こえた方に走ってったらお前の悲鳴が聞こえてきたから急いで割り込んだんだよ」


「つ、つまり?」


「此処に来る前後の記憶が消し飛んだ状態で目覚めて、それからまだ1時間も経ってないって事だ」


あぁっ......もう......っ!


「使えない!!!」


「なんだとこの野郎!?」


「だってそうじゃない!折角森から出られると思ったのに!」


「お前まさかその喋り方が素かよ!助けてやった恩を忘れたかこのド天然娘!」


「誰が天然娘ですって!?助けてもらった事には感謝するけどそれとこれとは話が別よ!出口の方向がわからないなんてそんなの......」


頭の中に遭難の2文字が踊る。


が、私の頭の中に光明が見える。


「そ、そうだ!私、あの化け物に襲われる前に上から確認しようと思ってたんだった!」


飛ぼうとした瞬間襲われたんだよね。


何がともあれ上から見ればなんとかなる筈!


「いや、嬢ちゃん......この森って大体どの辺りにあるかって判るか?」


「?......確か大陸の一番南にある森って言ってたような......」


「なるほど......」


また何か知っているのだろうか。


「まぁよくわかりませんが取り敢えず上から見てみます」


「きっと飛んで見ても意味ないと思うぞ」


「そんな訳ないじゃないですか。前回確認した時から少しくらい進んでる筈です」


「じゃあ頼むわ、無駄だと思うが」


「無駄ってなんですか無駄って...... 【風霊の巫女よ 我が背に白き翼を】」


飛行魔術、【飛行フライ】を使って上空まで飛び上がって確認してみる。


だが......そこから見える景色はまたさっきと同じで代わり映えのしない、どこまでも続く森だった。


解除して一旦降りる。


「どうだった?」


「......森でした」


「だろう?無駄だって」


「此処が何処か知ってるんですか?」


「以前聞いた事がある。恐らくここは【迷いの森】と呼ばれている場所だ」


「迷いの......森?」


「あぁ。外から見ると何処までも続く森になっている......らしい。後森が区画ごとに分かれていて同じ場所をループしたりもするらしい。正しい順路を進まないと次の区画に行けないそうだ」


「なにそれ......」


「入ったら2度と出られないとか言う話も聞いたよ」


「............」


それって私達このまま死ぬって事じゃ......


「そんな顔すんなって。考えがある」


「ほ、本当!?」


「あぁ」


「早くやりましょ!それでその方法は?」


「少し時間はかかると思うがな......」


「それなら尚更よ。ちゃっちゃと始めちゃいましょう」


思い立ったが吉日って言うしね。思い立ったが即時でもおかしくはない。


「そうだな。まずこの迷いの森の結界について解析しなきゃならん。しなくても出来るがもしも俺の見当違いだったら時間の無駄だ」


結界の解析......あぁ。


「それなら任せて。【解析アナライズ】があるわ」


【解析】......魔術や物体の組成などを解析する魔術だ。


「よし。やってみてくれ」


「了解......【あらゆる叡智よ 我がまなこの前にひれ伏さん】」


発動と同時に私の視界が青色に変わる。


空間に幾筋も走る翡翠色エメラルドに輝く線は空間に満ちた魔力の線だ。魔獣が発生するだけあってやはり多い。


しかし......


「ダメ。起点が見つからない......」


空間に走る線は確かにあるのだが、何かの結界を構築する様な不自然な流れは見当たらないのだ。


「成る程......つまりはそう言う事か」


「どう言う事?」


「要は此処を迷いの森にしている結界っていうのは森の区画を仕切っているだけって事だな」


「?......あ、成る程」


森自体の空間自体に道がループする仕掛けが張り巡らされているのでは無く、一定間隔で壁の様な形で設置されているという事だろう。


「つまりは空間ループの繋ぎ目を探して、そこで再度【解析】って事ね」


「察しが良くて助かる。早速繋ぎ目を探すとしようか」


そう言ってトウヤは足を引きずって歩き出す。


「ど、どうしたの?怪我でもした?」


「いいや、そうして地面に後を付けながら定期的に後ろを振り返って歩けばループに差し掛かった瞬間付けていた筈の跡が消えるからな。少々面倒だが30秒置きに振り返るとしよう」


そうこう歩いているうちに10分ほどの時間が経過した。まだ跡は後方へ続いている。


私も定期的に枝を折ったり木の幹にマークを付けながら歩いているけど一度もそう言った印を見ていないのでまだループの起点には来ていないのだろう。


「中々ループに差し掛かりませんね......」


「そりゃそうだろうさ。だってあの大猪の唸り声が聞こえてきてそっちの方へ俺が全速力で走って駆けつけられるレベルだからな。区域は相当広いと思う」


「そうですか......と言うか貴方、そんなに足速いんです?」


「一応速さには自信がある」


「それなら私を此処に置いてひとっ走りしてきたらどうです?」


「まぁそれが一番速いんだろうが、万が一があるだろ」


「万が一?」


「今通ってるこの道が正しかった場合、俺はもうこっちへ戻ってこれないからな。お前が1人此処で孤独に死ぬ事になる」


「それもそうですね......」


「これが結局1番イイのさ。さーてそろそろ......」


そう言って彼が後ろを振り返る。


「お、来たぜ。後ろ見てみろ」


言われるがまま後ろを振り返る。するとそこには......


「跡がない!」


「て事は取り敢えず区画を移動した事は間違いねえ様だ。後はもう一度跡を付けながら後ろ歩きして跡が消えた瞬間の所が境界だな」


私達は踵で地面を削りながらゆっくり後ろ歩きをする。そして数メートル下がったところで削り跡が消えた。


「今付けた跡が消えて少しズレた場所に削り跡......ビンゴだな。此処だ、やってくれ」


「了解......【あらゆる叡智よ 我が眼の前にひれ伏さん】!」


再度視界が青に染まる。先程とは違い、視界を埋めつくさんばかりの翡翠色をした糸。


大量の翡翠の糸は複雑に絡み合って壁を形成しているのがはっきりとわかった。


その中から特に糸が集中した一ヶ所を探す。が......


「特に糸が集中した場所って言うのは無さそうです」


「と言う事は結界の起点は見えない転移壁にはねえってこった。少なくとも此処ら辺りにはな」


「じゃあ一体どうするんです?」


「簡単だ。この結界を四角形と仮定するならその四隅に起点があるだろうよ。跡はこの壁沿いを壁に触れない様に真っ直ぐ真っ直ぐ進んで行けばある」


「うへぇ、て事はまた足をずりながら移動?」


「いや、魔力の線とか壁が見えるんだろう?だったら跡付けながら行く必要はねえな。ずっと【解析】を付けっぱなしで走れば直ぐだ」


「走る......うぅ......」


「引きこもり娘にはちと厳しいか......」


そう言って彼がしゃがんで背中を此方に向けてくる。


「?」


「んだよその反応は。乗れってこったよ」


「ま、まさかこれが噂のおんぶって奴!?」


「お、おう。まぁそうだな。肩車が良いならそっちにするが」


「子供扱いしないで!」


「悪い悪い。そうか、子供扱いするな、か」


そう言うとニタニタとした意地の悪い笑顔で近づいて来る。


「な、何する気よ」


「これ、貸してくれ」


私の背負ってるバックに手を伸ばして奪い取る。


「見た目の割に凄え軽いな。【軽量化フェザー エフェクト】でも掛けてるのか?」


「そうだけど。まさか、1人だけ逃げようっての?」


「そんなわけ無いだろ。まぁ、こうすんだ」


彼は少し身を屈めたかと思えば私の両膝の裏と背中に腕を回してヒョイと持ち上げた。


「............」


顔が、近い。


これってまさか......


「お、お姫様抱っこぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「準備は出来てますか、レディ?」


「何がレディよもう!いやレディだけど!」


「しっかり掴まってろよ」


「ちょっと、え!?」


視点が少し下がる。腰を落としているみたいだ。


「待って、まさかこのまま行く気!?」


「......」


「なんか言ってよ!」


「舌噛むなよ」


「へ?」


頬に柔らかな風を感じた。


流れる景色がえらくスローモーションに見える。


そう思った次の瞬間だった。


『パン!!!!!!!!』


何かを突き破った音が耳に届き、流れる景色が猛烈な速度へとシフトチェンジする。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


真っ正面から殴りつける様に吹く風を顔に受けながら私達は突き進んで行くのであった。

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