第5話 迷いの森 参


「ら、『終焉霊薬ラストエリクサー』の事を知ってるんですか?」


「知ってるも何も、一回見た事あるしな。国の上層部うえでは上級貴族の全財産くらいの超高値で取引されてるって話もある」


「!?」


え......?


製法も素材も一部を除いて完全に失われた幻の秘薬って話だった気がするんだけど......国のお偉いさん方の間で取引されてる様なものだったの?


「何をそんなに驚いているんだ?それよりも1つ話があるんだが」


「な、何ですか?」


「俺もお前の旅に同行してもいいか?旅は道連れって言うだろ。お前も国から買えるような法外な金は持ってない筈だ。婆さん助ける為には素材を全部集めなきゃならねえしお前1人じゃあちっとばかし厳しいと思うぜ」


なんと。荒唐無稽な旅だと思っていたのだが終焉霊薬に関して重大な情報を持った人物が同行してくれると言う。願ったり叶ったりってやつだ。


「こちらからお願いしたいくらいです!本当にいいんですか?」


「あぁ勿論。可愛い女の子を1人でやる訳にはいかないからな」


「あら、お世辞も上手いんですね」


「世辞なんかじゃないさ。と言うわけで、これから宜しくな。俺の名前はトウヤだ」


トウヤ、か。本の中でもなかなか見ない名前の付け方ね......


「私の名前はドロシー。ドロシー=ドローレンス。これから宜しくね、トウヤ......で良いですか?それとも最初からファーストネーム呼びは馴れ馴れしいですか?」


私は彼にそう告げた。


すると彼の顔がみるみるうちに困惑した顔になる。心なしか青ざめているようにも見える。


「呼び方はトウヤで構わないが......ど、ドローレンス......だと?」


酷く動揺した様子で私に聞いてくる。そ、そんなに変な名前なのかな?


「え、えぇ。私はドロシー=ドローレンスよ」


「間違いは......ねえのか?」


「何がそんなに気になるんですか?もしかしておばあちゃんかお母さんと知り合い?」


「お前の母さんの名前......エレノア、だったりするか?」


「やっぱり知り合いだったのね。お母さんの方か......ごめんなさい。お母さんは私がまだ赤ちゃんの時にお父さんと一緒に森の外へ出て行ったまま帰って来てないの。おばあちゃんは多分死んだんじゃないかって言ってたわ。それからおばあちゃんはお母さんについて話したがらないから私は名前も顔も知らないの。ごめんなさい」


うーん。でもおばあちゃんがたまに寝言で零す名前はそんな名前じゃなかった気がするんだけど......


「そ、そうか......いやしかし......」


うーん......、このトウヤって人大丈夫かな......?急に挙動不審になったんだけど......


着てる服もなんか変だしよく見たら血だらけなのはまぁ当然としてそもそも血やそれ以外の水みたいな液体で全身ずぶ濡れだ。一体何してたのかな?


「そう言えばその血と水で全身ずぶ濡れな服をどうにかしなきゃですね」


「あ、あぁ......取り敢えず解体を進める。解体してるうちにどうせ血が付くからな」


「それなんですけど......さっき燃やせばいいって言ってましたよね?」


「そうだな。解体して埋めるか直で燃やすかだ」


「離れていて下さい。助けて貰ったんですからせめて処理くらいさせて下さい」


「ん?まぁ良いが......まさか燃やせるのか?」


「当然。魔術はおばあちゃんにきっちり仕込まれたから」


私は杖を構える。


集中だ......この大きさであの強さだ。一欠片でも残したらそれを食べた動物が少なからず魔物や魔獣になってしまうに違いない。


「【紅蓮の王よ 猛き者よ 怒りのままにの者を「ストップ!!ストップだ!!!!」


杖の先に集中した魔力が一気に点火......する前に横から凄い声で怒鳴られたので集中が切れて魔力が霧散してしまった。


「何するんですか!集中切れちゃいましたよ!」


「何するんだじゃねえよ何やろうとしてんだお前!?今の詠唱、確か【紅蓮の業火インフェルノ】だよな!?お前この森ごと燃やし尽くす気か死にたいのか!?」


大声でそう捲し立てられる。


確かによくよく考えてみればこの森の中で火属性の魔術を使うのは中々に危険な行為なんじゃないだろうか。【紅蓮の業火】を森の中で使うのははちょっと頭おかしいかも知れない。


道中何回か【火矢フレイムアロー】を使っていた時は何とも思わなかったが......あの程度の火力なら問題ないか。


「それもそうですね。次からは気をつけます」


「全く......自殺志願者と思われても仕方ねえぞ」


「そういえば良く詠唱で魔術が判りましたね」


純粋に疑問に思う。何でだろうか


「近接系の武器使いなら当然の技術だ。接近戦主体の俺達は遠距離攻撃の出来るお前達魔術職に滅法弱いからな。こういう技術が生き抜く為には必須なのさ」


「そうですか......所で、あの死体どうします?」


「そうだなぁ......範囲指定系の火属性魔術とかねえのか?」


「あ、範囲指定系ですか。有りますよ」


「よし。それで行こう。離れてるからやってくれ」


「【獄炎の覇者よ 地獄の門を開き 檻の中に収監されし罪人とがびと共を焼き焦「やめだやめだやめだやめだ!!!!」


また中断された。


「一体何が不満なんですか!!」


「何が不満なんですかじゃねえよ!!!今のもやべえやつだろうが!!!」


「だって範囲絞って打てる奴と」


「だからって【獄炎の大獄ヘルフレイムプリズン】はねえだろ......」


注文に応えただけなのに......


「はぁー......こんな所まで似てんのかよ......」


「何か言いましたか?」


「言ってない言ってない」


?何か言っていたような気がしたんだけど小声で聞き取れなかった。まぁ良いだろう。


「結局あれどうするんですか?」


「お前がド天然なのはよくわかった。俺が指定してやる。【風撃ウインドブラスト】と【土砂グラーベル】は使えるか?」


「舐めないで下さい。勿論使えますよ」


「そうかそうか。それなら話は簡単だ。【風撃】で地面を奴が入るくらいの大きさに掘って奴を入れ、【土砂】で土を大量に生成して埋める。どうだ?」


「やってみます」


今度は範囲を絞って威力を上げる......


「【風霊の巫女よ 我がかいなに風の鎚を】」


放たれた風のハンマーが辺り一帯に爆音を響かせながら地面を抉り取り、大きな穴が開く。数度撃てば猪が入りそうな大きさになった。


「初めから指定しておけば良かったな......」


トウヤは傍の大猪の死体をゴロンと転がして穴の中へ落とす。


「あっ、いっけね忘れてた」


彼は穴の中に飛び降りて落とした後猪の角をコンコンと叩く。何やってるんだろう?


「これならまぁいけるか」


そう言うと手刀の構えを取って振り下ろす。


ボキリと小気味良い音を立てて角が折れる。それを持って穴から這い出てきた。さっきから思ってたんだけど腰に下がってる鞘は飾りなのかな?


「何やってるんですか?」


「あぁ、これか」


半ば程で折った角を見せてくる。


「このサイズの角は中々無いからな。売ればそこそこの金になるだろうと思ってな」


「成る程......」


「魔獣、魔物を依頼を受けて狩る冒険者の第2の収入源だ。覚えておけ」


「【土砂よ砂礫よ 集いて此処に 山を成せ】」


地面に空いた大穴が魔術で生み出された大量の土砂で埋まって行く。


「このくらいでいいですか?」


大猪が見えなくなった所で止める。


「上出来だ。後はならして完了だな」


彼は足でザッザッと平らにして行く。


「トウヤ、貴方っておかしな靴を履いているのね」


彼の靴は......これ靴なのかしら?靴と言うよりは草で出来たスリッパって感じがする......


「これか?これは草履って言うんだ。俺の生まれ故郷の靴さ」


そう言って足を上げる。その足はこれまた靴下の様で靴下では無い白い布で包まれていて、その下にゾウリとやらを履いているみたいだ。


「ふぅん......貴方の故郷って何処なんですか?」


「俺の故郷は大和だ。ずっと東にある国さ」


「じゃあその腰にぶら下げているそれも何かの飾りなんですか?」


「これが飾りに見えるのか?」


彼は腰に下げている鞘をツンツンと指差す。


「だって、戦ってる時も角を取る時も使ってないじゃないですか」


「あー......それはまぁ、色々あんだよ」


「何か特殊な剣なんですか?」


「そうだな。俗に言う魔剣の類だよ」


「魔剣......何かワクワクしますね」


「そんなに良いもんでもないさ。まぁてな訳でこいつは来る時にしか使わないようにしてんだ。後々別の剣をもう一本買うさ」


「と言うことは元々もう一本持ってたけど壊れちゃったんですね」


それにしては鞘が一個しか見えないけどね。


「そう言う事にしておこう。さ、そろそろ行くぞ」


「なんだか含みのある言い方ですね......まぁいいです。進みましょうか。私、歩いてきた向きが本当に森の外に続いているのか心配なんですけど道案内の方お任せして大丈夫ですか?」


「......へ?」


「いや、へ?ってなんですかへ?って」


「君、この先の道知らないのか......?」


「さっき言ってませんでしたっけ?私、この森から出た事無いんですよ」

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