第3話 迷いの森 壱
森の中を進む。
物心ついた時からこの森の中で過ごしていたんだ。もうこの森は私の遊び場みたいなもの......だと思ってたんだけど
「迷っちゃった......」
正確には迷ったっていうか完璧に知らない場所に来ちゃったって事。今歩いているのはおばあちゃんが偶に街へ足りない物を買いに行くときに使ってた道だから一応前に前に進めば森から抜けられるとは思うんだけど......
よくよく考えてみたら私が知ってるこの森って家の周りと素材の採集場所周りとそこへ行く道だけじゃない???
だめだ、知らない所に1人で来るとこんなにも不安に駆られるものだったんだ......
あぁもう私!なんでもっと森の中を探索して来なかったの???
まぁもう先に進むしかない。真っ直ぐ歩いていればいつかは出られる筈だ。
そう歩いていると、前方の茂みが何やらガサガサと動いている。なんだろう?うさぎかな?
「おーい!」
呼んでみる。すると茂みから何かが出てきた。
四足歩行の短めの足。出っ張ってるけど先が潰れた鼻に凄い目付き。斑ら模様の茶色い毛並みに威嚇するような鼻息......
「ってイノシシだこの子ーーー!!!」
然も唯のイノシシじゃない。魔力が渦巻いている。
「ま、まさかこれが魔獣......?」
初めて見た。魔術を使う獣、魔獣。基本的に凶暴で人を襲う事が多いとおばあちゃんが言っていた。名前は知らないがこの猪も間違いなく魔獣だろう。魔力濃度が濃い場所に発生しやすいんだとか。
「ブルルルルルォォォン!」
唸り声を上げながら此方へ猛突進を仕掛けてくる猪。猪突猛進とはよく言ったものだ。魔力が漲ったそのタックルには通常の猪とは全く別次元のエネルギーが込められているに違いない。
「【光の盾よ】!」
光属性の防御魔術、【
その盾に正面から凄い勢いで激突した猪は千鳥足で後ずさる。恐らく脳震盪のようなものを起こしているのだろう。あんなスピードで障害物に激突すれば無理もない。
「ごめんね......【炎の矢よ】!」
火属性の攻撃魔術、【
一瞬でその猪は事切れる。狩りでもないのに生き物の命を奪うのは初めてだった。
だが冒険者になればこういう事の繰り返しだろう。ウジウジしてても仕方がない。
今は唯、前を見て進もう。
あれから暫く歩き詰めだ。
「もう......あの家、どれだけ奥にあるってのよ!」
先程【
空を飛んで行くのも有りだけどなにぶん【飛行】は燃費が悪い。そもそも私は限界まで【飛行】を使った事が無いから自分がどれだけ飛べるのかもわからないし、魔力を使い切った後魔獣に襲われては危険だ。
先程から5回も魔獣に遭遇している。全て強い物では無かったが用心するに越した事はない。
「どうせ途方も無い旅になるんだろうから、今急いでも仕方ないよね」
そのままるんるんと退屈を紛らわす為、スキップ気味に歩いていた時の事だった。
「るんるるんるるんるるんるるっあぁ!?」
目を瞑って鼻歌交じりに歩いていたらそこが結構高い段差になっていたのだ。
足を踏み外した私は宙に身を躍らせた。
ズシーンという大きな音を立てつつ着地した。
「......1人旅なんだからちゃんと注意して歩かないとね」
そう言えば1人。1人なのだ。
確かおばあちゃんは冒険者時代数人の仲間と共に冒険をしていたという。
「仲間、かぁ。私にも出来るのかなぁ」
そもそもの話見たことある人間はおばあちゃんと鏡の中の自分だけだ。きちんと話せるのかどうかすらわからない。
「まぁ、なんとかなるよね」
そう楽観視しつつ立とうとしたその時だった。
『ウォォォォォォォォォン!!!』
「何ッ!?」
突然何処からか獣の大きな鳴き声が聞こえ、私は咄嗟に耳を塞ぐ。
こんな声量が出るって事は相当な巨大種......恐らく魔獣、魔物の類だろう。然も運が悪い事に相当近い。不慣れな私でもそれだけはわかった。
少しして鳴き声が止む。
「早くここから離れないと......」
さっさと逃げようと立ち上がろうとした瞬間、足首にズキンと痛みが走る。まさかさっき落ちた時に捻った?
「じょ、冗談じゃ無いわよ......」
これじゃ走って逃げられない。なら魔術で離脱か。一旦飛んで逃げよう。
......その時だった。
「【風霊の巫女よーーーーーーー
『グルァァァァァァ!!!』
突然眼前の木が大きな咆哮と共にベキベキとへし折られる。
そこに居たのは巨大な猪だった。
途轍もなく大きい。四つん這いだと言うのにその高さは優に3mは有るだろう。
猪特有の豚鼻が有る場所の上からは一本の巨大な角が据えられており、見た目から凶悪さが漂う。もし突進によってあの角に刺されればまず命は助からないだろう。
そして何よりも目を引くのは牙ではなく、猪の全身から漏れ出す魔力。
その魔力は濃い紫と黒が入り混じった禍々しい色をしており、一目でそれが尋常ではない事が察せられる。
早く逃げなきゃ......間違いなく、死ぬ。
だが......
(あ、足が動かない......ッ!!)
ドロシーの足は恐怖によってガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうだ。いや、もう崩れていてもおかしくない。立っていられる事自体が既に奇跡の様な物なのだ。
足どころか手も小刻みに震え、口は聞いている本人がうるさいほどに歯がカチカチと鳴り続ける。これでは満足に詠唱をする事も出来ない。
(そうか......私、ここで、死ぬんだ)
何も成せぬまま、祖母の呪いも解かぬまま、自分はここで犬死にするんだと。
大猪がズシンズシンと近づいてくる。
「い、嫌!来ないで!」
ようやく紡げた悲痛な叫びが森中に木霊するが、人間の言葉が満足に通じる筈もない。
遂に大猪はドロシーの前まで来る。
左の前後足で地面を数度掻く様にすると全身から先程までとは比べ物にならない量の濃密な黒い魔力が立ち上る。
そして体を少し縮める様にした。恐らくは力を貯める為。
眼前に迫った死。
受け入れるしかないその状況。死。
そうこうしているうちに大猪の体が矢の様に放たれる。
死の直前には世界がスローモーションに見えると書いてあったがどうやら本当らしい。体は動かないが、猪の動きが酷く緩慢に見える。
そう死の間際に達観したのは一瞬。込み上げて来る恐怖から、少女は叫ぶ......意味の無い言葉を。
「誰か............助けて!!!」
その言葉に全く意味は無い。実に愚かしい。
こんな森の奥深くで勝手に命を散らそうとしている少女の命など、一体誰が救ってくれると言うのだろうか。どんな奇跡が起これば、彼女は救われるのだろうか。
しかし。奇跡というものは、運命というものは、彼女がここで死に行く事を良しとはしなかったらしい。
「はいよ!!!」
そんな声が、聞こえる筈のない声が聞こえた気がした。
その瞬間、目と鼻の先に来ていた大猪の顔が歪む。
痛みによってでは無く、横合いから飛び出て来た何かによって強制的に顔の形が歪められる。
そのまま大猪は吹き飛ばされる。
(な、何が起こったの?)
横合いから飛び出て来た何か。それは人の形をしていた。
私の金髪とは違って真っ黒な髪と瞳。チラリと見えた横顔は端正。本で見た美男子って奴だろうか。
その人物の右手は拳の形に握り締められている。
まるでその化け物を横合いから殴って吹き飛ばしたかの様。
「助けを求めたのはお前か?」
低い声。自分やおばあちゃんの声とは全く違う声。
しかし......その声は何故だかわからないが、ひどく安心した。
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