引継がれる想い

「待っているわ」

 真陽留と音禰が記憶を取り戻し、明人と合流してから長い年月が経った。


 学校では教室に一人、机に突っ伏している男子生徒が居た。その人は、ワイシャツの上に紫色の大きなパーカーを着て、フードを深く被っている。それだけではなく、マスクまでしているため顔がまるっきりと言っていいほど見えない。


「ちょっと。お前、また寝てんのか?」

「寝てねぇ。起きてる──半分だけ」

「なら、もう半分もしっかり起こしてやるよ!!!」


 口調が男っぽい女子生徒が机に突っ伏している男子生徒に近付き、教科書で軽く叩きながら叱りつけた。


 荒木と呼ばれた生徒に近付いた女子生徒は、長い茶髪を後ろで一つにまとめており、瞳の色は藍色。見た目はストイックな感じだ。だが、性格はそうでもなく、口は悪いがところどころ天然が入っており、少しだけ可愛らしさがある女子生徒だ。


「うるさいよ。頭が痛い」

「二日酔いのクソじじぃかよ。ほら、早く起きな。次の授業は体育なんだから」

「いや待って。引っ張らないでよ……」


 織陣は荒木の腕を引っ張り、無理やり教室から出した。


「めんどくさいって言ってんのに……」

「全く。親に似てなんでも出来る天才なのに、なんでやる気を出さないのさ。勿体なさすぎでしょうが」

「別に天才じゃねぇし。それに僕は──」


 荒木が何かを口にしようとした時、女子生徒の笑い声が聞こえ足を止めた。

 その声は楽しげに聞こえるが、ただ遊んでいる訳ではない。あざ笑っているような声に二人は顔を見合せ、声の聞こえた方にゆっくりと足音を立てないように近付いて行く。


 そこには、人通りの少ない廊下でいじめをしている女子生徒が三人と、いじめられ、何も出来ないでいる女子生徒が一人居た。


「あいつら──あ、まったく。めんどくさいって言っといて自分から突っ込みに行くし。本当、訳わかんない奴」


 織陣が三人に突っ込もうとした時、先に荒木が三人に向かって歩き出し、声をかけた。


「なにつまんない事してんの」


 その声に、さっきまで笑い声を上げていた女子生徒三人が一斉に、荒木を鬱陶しそうな目で見た。


「何あんた、関係ないでしょ。邪魔しないでくれる?」

「確かに関係ないな。ただ、こんなつまらなくて面倒臭い事をしているお前らの心情を知りたくてさ。こんな事して何が楽しいの? 人を見下す事によって自分が有利に立っているという感覚が良いの? でも、それって自分の実力じゃないよね。そうやって人より前に立ちたいからって、人を引きずり落とすのやめておいた方がいいよ。ものすごく無駄な事だから」


 抑揚のない冷たい声で荒木は言い放ち、いじめていた女子生徒は頭に血が上り顔を赤くし声を荒らげた。


「意味わかんねぇ事言ってんじゃないわよ!! こんなドブス陰キャが一人にならないのは、私達トモダチのおかげだよ。それに感謝して欲しいだけ。一人で学校生活過ごしたくないじゃん? だから、トモダチ料を貰ってるだけだよ」


 女子生徒の手には、二千円札が握られていた。今廊下に座り黙り込んでいる生徒から脅して奪ったんだと簡単に予想が出来る。


 荒木はそれを虫けらを見るような目で見下ろし、面倒くさそうに頭を搔く。


「これだからはめんどくさい」

「はぁ? 何言ってんのあんた」

「とりあえず、次の授業始まるみたいだけど、行かなくていいの? 先生達には良い生徒を演じないといけないんじゃない?」


 荒木の皮肉めいた言葉に、女子生徒はまた文句をぶつけようとした。だが、腕時計を見て時間が無い事が分かり、彼とすれ違う際に舌打ちをし「覚えていろよこのカスが」と捨て台詞を放ちながら、その場からいなくなった。


「それ、こっちのセリフなんだけど」


 振り返り、去っていく彼女達の背中を見ながら荒木は、冷静に言葉を零した。後ろで眺めていた織陣がゆっくりと近付いている事に気付き、目を合わせる。


「一人で行くなって何回言えばわかるわけ?」

「お前が遅いのが悪い」

「あんたが早いんだよ。まぁ、そんな事どうでもいいわ。それより、貴方、大丈夫?」


 織陣は、いじめられていた女子生徒の前でしゃがみ、顔を覗き込む。

 顔に傷などはない。おそらく、周りから怪しまれないように見えないと所を殴っていたのだろう。そこは頭が働くらしい。


 女子生徒はゆっくりと顔を上げた。その顔は、もう何もかも諦めてしまったように感じてしまうほど暗く、力無く荒木達を見上げている。


「ありがとうございます。では、私はこれで──」


 お礼を口にしたあと、女子生徒はそのままその場を去ろうと立ち上がる。それを荒木は腕を掴み、止めた。


「なんですか」

「もし、このままが嫌だったらここに行くといいよ。少しは手伝ってくれると思うから」


 荒木は一枚のメモ紙を女子生徒に渡し、その場を後にした。


「興味があればでいいからな。分からなかったら私か荒木に聞いて。貴方が来るのを待ってるよ」


 織陣もすれ違いざまに後押しし、そのまま去って行く。


 メモ紙には【貴方の閉じ込めてしまった想い。その想いを出すお手伝いを致します】と書かれていた。


 女子生徒はそれを見て、歯を食いしばり「馬鹿じゃないの」と零す。もらった紙を乱暴にポケットの中に入れ、廊下を歩き始めた。

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