「以後お見知りおきよ」

 放課後になり、荒木と織陣は普通に二人で帰ろうと校門を出ようとしていた。その時、後ろから声をかけられたため振り向くと、昼休みの女子生徒がくしゃくしゃになった紙を片手に立っていた。


「すいません」

「ん? あ、いじめられっ子じゃん。どうしたの?」

「いや、覚え方。酷いなそれ」


 荒木の失礼極まりない発言に、織陣が呆れながらつっこむ。そして、女子生徒に顔を向け「どうした?」と問いかけた。


「これ。どこに行けばいいんですか」


 ぐしゃぐしゃになったメモを見せながら女子生徒は二人に訊ねる。織陣は、口元に手を当て笑みを隠し、荒木は何も言わずに歩き出した。


「あの。これは──」

「ついてくればわかる。気になるのならついてくればいい。でも、その後何があっても僕は一切責任を取らないから。それでも、今の状況を変えたければ、来なよ」


 肩越しに伝えたい事だけ伝え、荒木は再度歩き出した。その様子を横で見ていた織陣は、ドヤ顔を浮かべながら女子生徒の肩に手を置き「今のあんたには必要だろうから、付いていった方がいいと思うよ」と伝え、荒木の隣に急いで追いついた。


 最初は少し悩んだ様子を見せた女性だったが、すぐに覚悟を決め。女子生徒は荒木達の後ろ姿を目に、歩き出した。


 ☆


 女子生徒が荒木達二人の後ろを歩き始めてから数分後。少し怪しげな林に辿り着いた。


「ここは──」


 女子生徒が立ち止まり見上げていると、二人はさっさと中に入ってしまい、慌てながら追いかけた。

 一列にならないと通れないほど道は狭いため、三人は荒木、織陣、女子生徒の順でゆっくり歩みを進める。


 カサカサと草の音が鳴り、小鳥の声が響く。風が吹くと自然の音を運んできてくれて心地よい。だが、足元は蔓などがはみ出しているため、油断すると躓いてしまう。


「ここ、いつも歩きにくいよね。もっと歩きやすくしてってあんたのに言ってよ」

「僕より面倒くさがりな男がやると思う? 言うだけ無駄だよ」

「だよねぇ〜」


 そんな会話をしていると、どんどん道が開いてきたため歩きやすくなっていく。女子生徒はまだ少し不安そうに胸元にある手は微かに震えていた。織陣はそんな彼女に振り返り、問いかけた。


「引き返すなら今だよ」

「──えっ」

「今ならまだ引き返せる。でも、今までと変わらない生活を送る事になる。もし、変えたいと思うなら、変わりたいと心から思うならこのまま進めばいい。この先には、あんたを変えてくれる人がいる。絶対に後悔はさせぇよ」


 織陣の力強い言葉に、女子生徒は不安そうな表情を消し、前を見て二人の横をすり抜け前へと進む。その様子を楽しげに笑いながら、彼女は見届けた。


「行かねぇの?」

「行くよ。変われるといいな、あの子」

「それは父さんが何とかするでしょ」

「確かにね。あのね」

「あれは本当に気持ち悪い」


 そんな会話をしながら女子生徒の後ろを歩く二人。すると、目の前に古くボロい小屋が現れた。


「ここ……?」

「そうだよ。さぁ、中に入りな」

「え、でも、不法侵入に──」

「ここは荒木の家だから不法侵入にはならないよ」

「えっ!?」


 咄嗟に女子生徒は荒木の方に目を向けた。自分は関係ないと言わんばかりに彼はそっぽを向き、何も言わない。


「一応最後に聞くけど、このドアを開けてしまえば貴方は今まで通りではいられない。大事なものを失ってしまうかもしれない。それでもいいなら、このドアを開けて──」


 織陣は目を細めその場から一歩下がる。代わりに女子生徒が一歩前に出て、ドアノブに手を置いた。


 不安げな顔を浮かべ、息を飲みドアノブを強く握る。手が震え、回す事が出来ない。

 恐怖でなのか分からないが、女子生徒は顔を青くし開けるのを躊躇している。そこに、荒木が背中を押すように声をかけた。


「今のお前の匣は真っ黒だ」


 彼の言葉に女子生徒は、肩を震わせ荒木の方に顔を向けた。


「そこまで黒く染まってしまった匣は、もう一人ではどうする事も出来ない。そのままほっとけば、お前はお前ではいられなくなる」

「私が、私じゃなくなる?」

「あぁ。だから、僕はその扉を開ける事をオススメするよ。大丈夫。あんたなら上手くやれる。やりきる事が出来るよ」


 フードから覗く漆黒の瞳は、女子生徒を捕らえ真っ直ぐ見続ける。力強い瞳に見つめられ、女子生徒は覚悟を決めた。ドアの方に向き直し、ゆっくりと固く閉じられていた扉を開ける。そして、中に足を踏み入れた。


「こんにちは、依頼人で間違いありませんね」


 中からは優しげな声が聞こえ、女子生徒はその声の主を探した。


 その声の主は藍色の髪をしており、前髪が長く顔の右半分が完全に隠れている。

 ポロシャツにジーンズとシンプルな格好だが、顔が凄い整っているため、どんな服装でもかっこよく見えてしまう。

 その人は、優しく微笑みながら女子生徒をソファーへと促した。


 女子生徒が促されるまま座ると、ドアから荒木と織陣も入ってくる。


「相変わらず気持ち悪いな、父さん」

「酷いじゃないか想安しあん。私は、元々このような性格だろう?」


 荒木はその言葉にイラつき、深い溜息を吐く。深く被っていたフードを取り、耳が隠れるほど長い茶髪を見せた。


 前髪は目元が隠れてしまうくらい長く、右側に流している。それでも半分は隠れているため、やはり表情は分かりにくい。それでもわかる程の苛立ちが込められた漆黒の瞳を、父さんと呼ばれた人に注いでいた。


「さて、話が脱線しないうちに、本題に入りましょうか」


 落ち着いた口調が優しく穏やか小屋の中に響く。


 外観とは違い、小屋の中は綺麗に整理整頓されていた。

 中心にはテーブル、ソファー、小さな木製の椅子。壁側には本棚があり、部屋の奥にはドアもある。


「お話を聞く前に、先に自己紹介させて頂きますね。私の名前は筺鍵明人きょうがいあきとと言います。以後お見知りおきを」


 名前を名乗った男性、筐鍵明人は頭を下げお辞儀をしたのと同時に、口元には怪しげな笑みを浮かべ、楽しげに笑っていた。







「さぁ、今回の匣は何色かねぇ」






 想妖匣-ソウヨウハコ-


《完》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る