「いい加減にしなさい」

「殺す」

「自業自得だろう」


 今は五人、小屋の中に入りそれぞれ座っていた。


 カクリ、明人、音禰はソファーに座り、小さな椅子にはベルゼ。真陽留は座る所がないため、ソファーの肘掛に腰をかけていた。


「つーか、よく思い出したな。三年で思い出すとは思わなかったわ」


 いまだ脛に痛みが残り、今も擦りながら明人は二人に問いかけている。その姿が情けなく見え、問いかけられた二人は苦笑いを浮かべながらも、しっかりとした口調で答えた。


「さっき自分で言っていたじゃない。相想に会いたかったのよ」

「そうそう。僕達は明人がダイスキだからな。いやぁ、僕達の絆はすごいなぁ。自分でも驚きだ」


 きざったらしく口にする真陽留に、明人は今までにないほど苦い顔を浮かべた。


「言葉に出来ないほど気持ち悪いって事かよ」

「よく分かってくれたな。馬鹿でもそれぐらいは察する事が出来るって事か。安心したわ」

「やっぱり、あの時殺しておけばよかったか」

「やってみろよ。返り討ちにしてやるわ」


 二人の冷淡な会話に音禰は溜息を吐き頭を抱え、カクリはもう慣れたため無視している。ベルゼはもっとやれというように、ウキウキしながら二人を見ていた。


「そんな話、今はどうでも良い。二人は記憶を思い出した。なら、次に進む準備をしなければならないだろう」

「……それもそうだな」


 明人はカクリの言葉に軽く返事し、音禰との距離を縮め顔を近付かせた。その事に彼女は驚きながらも頬を染めつつ、目逸らし、照れたように小さな声で「何?」と呟いた。


「お前、今彼氏いねぇの?」

「えっ? い、居ないけど」

「まぁ、女っ気ないもんな。もう少し自分に金かけた方がいいんじゃないか? 男一人すら寄ってこないなんてやばいだろ。年齢的にももうそろそろ相手を作らねぇと結婚すら出来ねぇぞ」

「よ、け、い、な、お、せ、わ、よ!!!!」


 先程とは違う意味で林檎のように顔を赤くし、音禰は怒鳴りつけた。明人はそれを笑いながら受け止め、そのままゆっくりと顔を俯かせる。何か言いたげに口を少し動かし、震えたような声でボソボソと何かを口にしている。普段の明人らしくない弱々しい空気に、彼女は作った握り拳を戻し、耳を傾けた。


「まぁ、そうだな……。こんな女っ気ない奴を貰ってやれるのは、一人だけだろうな」

「だから余計なおせっ──え?」


 俯いてしまった明人の顔を確認する事は出来ないが、髪から覗く耳は付け根まで赤く、いつの間に音禰と繋げられていた右手も赤くなっていた。

 その様子を目にして、音禰は彼の言葉の意味を理解し、陽気が頭から出るほど顔が赤くなり、言葉にならない声を発していた。


 真陽留はいきなりの告白に頭を抱え「素直に言えよ。らしいけどよ」と一人呟いている。


「────まぁ、お前が良ければの話だがな。あとはお前が決めろ」


 照れ隠しのような明人の言葉にカクリは溜息をつき、ベルゼはつまらないというような顔を浮かべ彼の足を蹴っていた。


 音禰はなんとか頭を整理して言葉を口に出そうとするも、上手い言葉が見つからず、どっちにしろよく分からない声を出していた。


「あ、えっと。あの……」


 明人からの素直じゃない遠回しな告白に、音禰はどう返答しようか迷っている。


「あの、で、でも!! なんで私……? 過去の記憶って結局戻らなかったのよね? なら、なんで……」


 明人は結局記憶を戻す事が出来ず、十八歳より前の事を全く覚えていない。そのため、音禰の事を好きになる要素がない。

 一緒に居た期間はすごく短く、三年間会っていない。それなのに、なぜ今明人は彼女に告白したのか、それが音禰にはわからなかった。


「その事だが──」


 明人の顔はまだほんのり赤いが先程よりはマシになっており、手で熱が集まった顔を冷やそうと仰ぎながら、真剣な表情で彼女の質問に答え始めた。


「ベルゼとレーツェルが抹消されてしまった記憶の欠片を見つけ出し、それからカクリがその記憶の欠片を俺の中に戻したんだわ」

「え。ど、どうやって?! というか、抹消された記憶の欠片を見つけたって──」

「ベルゼというふざけたくそ悪魔がずっと黙ってた事があんだよ」


 足元に移動していたベルゼの頭を明人が鷲掴み、そのまま自身と目を合わせるように持ち上げた。

 黙って持ち上げられているベルゼの表情はばつが悪そうに歪められ、顔を青くし音禰と真陽留から視線だけを逸らしている。


「黙っていた訳では無い。忘れていたのだ」

「同じ事だろうが糞餓鬼」

「それに、我はもう悪魔ではない。ただの中級妖だ」


 ベルゼの言葉に呆れつつ、明人は二人に説明を続けた。


「音禰から抜き取った記憶は、上手く保管できなかったファルシーが抹消してしまった。だが、欠片だけは消えていなかったらしい。お前らから記憶を奪って一年後、レーツェルが俺の目の前に突如として現れ、小瓶を五つ持ってきた」

「五つ? え、でも、レーツェルさんって、確かあの後この地を離れるって──」

「それは、俺の記憶の欠片を探すため少しの間放浪するって意味だったらしいぞ。そして、一年の間で集めたらしい。本人である俺にも言わずにな。まったく、どこまでかっこつけたいんだかわからんキザ化け狐だったわ」


 明人の説明を受け、真陽留と音禰は納得したように頷いた。


「なるほど。確かにあの化け狐ならやりそうだな」

「レーツェルさんって、出来ない事あるのかしら……」

「神様らしいからな。専門外以外ならなんでも出来るんだろ。深くは知らねぇけど」


 謎が多い人物なため、三人は少し複雑そうな顔を浮かべた。


「つーか。その話だと、ベルゼは結局何もしてないじゃんか」


 真陽留はベルゼに何か言いたげな顔を向け、それを受けた彼は何も気にする様子を見せず、目を逸らし続ける。


「まぁ、確かに何もしていないな。分解された欠片を一つにまとめたぐらいか」

「それが無ければ、子狐が貴様の中に記憶を戻す事など出来なかったんだがな」


 今の会話で何となく察した二人は、なるほどと言うようにカクリの方を向いた。


「ふん。そんな事しなくても出来た」

「いや、我が欠片を一つにしなければ出来なかった事だ」

「出来た。お主の力など要らぬ」

「いや、出来なかった。我に感謝するが良い」

「感謝などしない」

「しろ」

「しない」


 二人は睨み合いながら子供のような口喧嘩を始める。

 見た目はまんま子供なため、音禰は顔が緩んでしまい、二人の喧嘩をやんわりと止めようと声をかけた。


「こらこら。喧嘩はダメですよ〜」

「「うるさいくそババァ!!!!」」


 止めようとした彼女に、二人は少年らしくない言葉を放った。そのため、先程まで緩んでいた顔が凍りつき、静かになった音禰の顔を覗き込んだ真陽留と明人は、恐怖のあまり見なかった事にした。


「────いい加減にしなさい!!!」


 鼓膜が破れそうな程の甲高い声で叫び、カクリとベルゼの頭にゲンコツを落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る