「遅かったな」

 音禰と真陽留は、額から流れ落ちる汗など気にせず、ただひたすらに走り続けていた。道は体が覚えており、一切の迷いがない。


「林の奥、古い小屋!!」

「この町で林は一つだけだ。間違いない!!」


 夜のため人通りは少なく、街灯が二人を照らす。だが、それも町から外れて行くにつれて薄暗くなっていき、周りは月明かりだけになっていく。

 そんな街灯の無い道を走り続けていると、二人の記憶の片隅にある林へと辿り着いた。


 風が吹くと高く立ちはだかる木が揺れ、葉と葉が重なり自然の音を鳴らす。周りには月明かり以外の光が無いため、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。

 中を覗き見ると、木々の隙間から光が漏れ出て幻想的な空間が広がっている。思わず手を伸ばしてしまいそうな光景に、二人は固唾を飲み顔を見合わす。


 この中に入ってしまえば、もう後戻りは出来ない。二人は息を飲み、眉を吊り上げ林顔を向けた。


「行こう」

「うん」


 お互い力強く頷き、しっかりとした足取りで林の中へと踏み入れた。


 ☆


 道は細く、分かれ道はない。二人を目的の場所へと案内しているようにも見え、迷わず進む事が出来る。

 葉がカサカサと重なり合い、虫の声も響く。奥に進めば進むほど月光が二人まで届かなくなり、徐々に周りは暗くなっていく。

 何度か音禰が気の蔓などに引っかかり転びそうになっていたが、真陽留が瞬時に手を伸ばし転ばずに済んでいた。そんな中、前方から急に程よい風が吹き始め、彼女の髪が後ろへと靡かせた。


 真陽留は、目的の場所が近付いている事を感じ目を輝かせ、どんどん歩みの速さが早くなっていく。


「──見つけた」

「うん。絶対にこれだね」


 二人の目の前には、古く、今にも崩れてしまいそうな小屋が建っていた。

 周りの木が小屋を隠すように覆いかぶさり、壁画も所々が黒く変色している。屋根に近い部分には大きな蜘蛛の巣が張っており、窓枠も虫に食われているらしく欠けていた。今にも崩れそうなほど古い小屋なため、人が住んでいるようには到底見えない。でも、ドア付近だけは綺麗に掃除されており、人の出入りがある事が分かる。


「開けてみるか」


 真陽留はドアノブに手を伸ばし開けようとした。だが、鍵がかかっておりガチャガチャと音を鳴らすのみ。開ける事が出来ない。


「鍵が閉まってるの?」

「この小屋に鍵なんて立派な物、付いてないと思うけどな」


 手を離し、上を見上げる。近くで見るとボロさが際立ち、彼は思わず顔を歪めてしまった。


「────壊すか」

「やめておこう」

「ちっ」


 音禰が冷静に止めたため、真陽留は裏口など、他に出入口がないか小屋の裏へと回るが、何もない。

 中に入る手段が見つからず、真陽留は肩を落としてしまった。


「小屋の奥に洞窟あったよな。そこに誰かいないかな」

「そうね。すれ違いになると困るから、私は小屋の出入口で待っているわ」

「一人で大丈夫か?」

「平気よ」

「わかった。なら、何かあれば必ず連絡しろ。電波は──連絡は、大きな声でやってくれ」

「そんな無茶な……」


 真陽留は電波が繋がっているか確認するため、ポケットの中から携帯を取りだし画面を見た。そこには圏外という文字が表示されてしまっていたため、苦笑いを浮かべながら彼女に無茶振りを言う。


「コホン。と、とりあえず行ってくるな」

「お願い」


 彼が奥の洞窟に進もうとすると、足元を何かが横切りバランスを崩してしまった。


「うわっ!!」


 その場に転びそうになってしまったが、なんとか手を地面につけ転ばずに済んだ。


「…………なんだよ」


 イラつきながら真陽留が後ろを向くと、音禰が真陽留の足元を見下ろしながら口元に手を当て、瞳を揺らし、驚いている姿が目に映った。

 彼女の目線を追うと、そこには子狐が彼を振り向きながら四足で立っている姿がある。


「お前……。明人の傍に居た、子狐じゃねぇか?」


 真陽留が驚きながら聞くと、子狐の上空をコウモリが一匹飛び交い一番近い木にぶら下がり彼を見下ろした。その表情は嘲笑っているようにも見える。


「まさか、コウモリって──おいおい。嘘だろ」


 嬉しいような悔しいような。そんな表情を浮かべ見上げる真陽留と、明らかに喜んでいる顔を浮かべ、目をキラキラと輝かせて二匹を見る音禰。


「まさか、貴方達!!」


 彼女の言葉に返事をするように、子狐は走り出しコウモリも飛び始めた。


 コーーーーーン────


 子狐が鳴くと、その声に応えるように小屋のドアが静かに開いた。そこから一人の男性が、口角を上げ楽しげな表情を浮かべながら出てきた。

 

 見た目は何も変わっていない。二人の記憶にある姿のまま。その人物は立っていた。


「よぉ。遅かったな」

「「明人/相想!!」」


 噂の小屋に住んでいる青年、筺鍵明人が腕を組みながら二人を見つめ、静かに立っている。

 風が吹く度、明人の左目を隠している髪が揺れ、隙間から五芒星が刻まれた瞳が見え、赤く妖光していた。


「相想、久しぶり。思い出すの遅くなってごめんなさい」

「もう少し遅いと思ってたが、そんなに俺に会いたかったのか? 俺の事好きすぎだろおめぇら」


 明人はやれやれとわざとらしく肩を落とし、軽口を言い呆れたように眉を下げ二人を見る。


「そうだったら悪いか?」

「私、無意識のうちに相想に会いたがってたのかもしれない!!」


 二人の素直な言葉に、明人は少し驚いたがすぐに眉を顰め「気持ち悪」と零す。


「お前、相変わらずだな……」

「人間そう簡単に変われるわけ無いだろうアホが」

「ここまで変わらないのもすごいと思うけどね。ところで、その目。元々赤かったっけ?」

「あぁ、これな。力の反動だ、気にすんな」

「フーン」


 三人が話していると、ゆっくりと子狐とコウモリが近付いてきた。


「確か、カクリちゃんにベルゼさん──だったわね」


 覚えている名前を彼女が呟くと、二匹は同時に少年の姿へと変わった。

 カクリの見た目は変わらず綺麗で、黒い瞳で二人を見上げる。ベルゼも同じく変わっておらず、本当に時間が経ったのか疑問を抱いてしまう。

 そんな二人のうち一人が、不機嫌そうに彼女を睨みあげており、ベルゼは口元を押え笑う。

 不貞腐れたように彼女を見上げていたのは、ずっと明人と共に行動をして来たカクリだった。


「あれ、なんで怒っているの??」


 何故カクリが怒っているのかわからず、音禰は困惑気味に質問する。


「そりゃーな」

「音禰、呼び方がなんでカクリとベルゼで違ったんだ?」


 明人は呆れ、真陽留は苦笑いを浮かべながらおそるおそる問いかけると、意外な返答により明人は吹き出してしまった。


「え? だって、カクリちゃんは女の子っぽいから──」

「ぶっ!!!!」


 音禰の言葉に明人が盛大に吹いため、それにイラつきカクリは彼の脛を思いっきり蹴り飛ばした。


 ずっと静かだった林に、明人の痛みに耐えるような悲鳴が響き渡った。

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