「分かり合えるわ」

「ねぇ、何年か前に流行ってた噂知ってる?」

「あ? 噂? なんだよそれ」

「もしかして、それって三年くらい前まで流行っていた『どんなに固く閉じられた箱でも開けてくれる』ってやつかい?」

「そうそれ!! 最近だと聞かなくなったけど、前に友達が試しに林の中に行ったみたいなの。そしたら、あったらしいよ!! 噂に出ていた古い小屋!!」

「嘘だろ。そいつが嘘ついてんじゃねぇの?」

「そんな事ないよ!! でも、中に入ろうとしたら鍵が閉まっていたみたいで中に入れなかったんだって」

「それって、噂の小屋じゃなくて、ただ捨てられた小屋なんじゃないのかい?」

「うーん。わかんないけど。ねぇ、私達も確かめるため明日行ってみない?」

「そうだな。暇つぶしがてら行ってみるか」

「明日はちょうど学校も休みだから、いいかもしれないね」

「そうと決まれば、明日行ってみよう!!」


 三人がそんな会話をしていると、ちょうど真陽留がケーキの箱を持ってきた。

 お会計を済ませ、三人はお店を出て行く。その時、女子生徒が「あの人めっちゃかっこよかったね!!」と口にしていたのを音禰は耳にし微笑む。


 今時の女子生徒にかっこいいと呼ばれていた真陽留は、大きく伸びをして、腰をポンポンと叩いたあと、今回はしっかりと閉店の看板を立て、レジ周りの掃除を始めていた。その姿を音禰はぼぉっと見ており「確かに、見た目はかっこいいのよねぇ」と零す。


「お仕事をしている真陽留君に見惚れちゃった?」

「そ、そんな事ありませんよ」

「ふふっ、冗談よ。それにしてもさっきの噂──」


 沙恵が音禰に近付き、先程の学生達の会話を思い出していた。


「さっきの噂話が何か? よくある都市伝説みたいなものではないのですか?」

「確かにそうなんだけど。私ね、大学生の時その噂を耳にした事があるのよ」

「そりゃ、噂なんですから、耳にするくらいは──」

「そうなんだけれどね。その時、私は結構悩んでいて、その小屋に行った事があるのよね」


 沙恵の言葉に音禰は「えっ」と驚き、目を丸くした。


「それで、確かに小屋はあったはずなの。でも、思い出せないわ。まるで、その小屋であった出来事だけ、綺麗に抜き取られている感じなのよ」


 何とか思い出そうと、沙恵は顎に手を当て唸っているが、どうしても思い出せず諦めたようにため息を吐く。


「ダメだわ。全然思い出せない」

「思い出せないのは無理もない気が──」

「あっ!!!」


 音禰が宥めようとすると、いきなり沙恵が大きな声を出し顔を勢いよく上げた。それに彼女は驚き、肩をビクッと震わせた。


「ど、どうしたんですか」

「思い出したわ!! 確か、そこにはイケメン男子とすごく綺麗な少年が居たはずよ」


 思い出した事に感動し、音禰の困惑顔を気にせず、どんどん彼女は話を進めていく。


「少年は名前を名乗ってくれなかったから分からないけど、確かイケメン男子は──えっと……。きょ……きょう……。うーん。きょう──なんとか明人さんだった気がするわ!!!」


 名前を聞いた瞬間、音禰は目を見開き、真陽留はレジスターの周りを拭いていたタオルを落としてしまった。

 二人とも動揺を隠す事が出来ず、動きを止める。


「あ、きと?」

「えぇ。苗字は忘れてしまったけれど、名前は思い出したわ。でも、なんでいきなり思い出せたのかしら。不思議ねぇ」


 頬に手を当て不思議と呟く沙恵を気にせず、音禰と真陽留は目を合わせた。


「明人、きょう──がい。あ、筺鍵明人きょうがいあきと!!」

「そうだ。明人。あいつの、仮の名前!!」


 真陽留はレジから音禰達が居るくつろぎスペースに小走りで移動し、興奮気味に名前を口にした。そんな二人を、沙恵はキョトンとしたような顔で見る。


「あ、あぁ。なんで、なんで忘れていたのかしら。明人──いえ、私達の大事な幼馴染で、友人で、親友!!」

「くそっ。なんで今の今まで出てこなかった。記憶にもなかったぞ!!」


 二人の気の動転ように、沙恵はよく分からず瞬きをしていたが、すぐに我に返り、慌てた口調で問いかけた。


「えっと、よく分からないけど。幼馴染? って人を今まで忘れていたって事かしら?」

「そうです!! あぁ、私なんて馬鹿なんだろう。何年忘れていたの。それすら曖昧……」


 頭を抱え、音禰は項垂れる。真陽留も同じく頭を抱え「くそっ」と嘆いていた。


「あの、どうしてそんなに落ち込む必要が……」

「なんでって、さっきまで幼馴染の名前や顔。存在すら忘れていたんですよ。もう、最悪です……」

「あぁ、僕達は最低だ……」


 落ち込む二人に、沙恵はなんて事ないと言うような口調で二人の肩を掴み、目を細め優しげな笑みを浮かべた。

 

「なんかよくわからないけれど、思い出したのならいいじゃない。会いに行ってあげなさい」

「無理ですよ。今の今まで忘れていて、思い出したから会いに来ましたって……。失礼すぎる」

「それに、どんな顔して会いに行けばいいのか分かんねぇ…………」

「決まっているじゃない」


 沙恵の言葉に顔を上げ、二人は彼女に悲しんでいるような怯えているような。様々な感情が込められた瞳を向けた。


「どんな顔も何も無いわ。貴方達のめいっぱいの笑顔を幼馴染に見せてあげればいいのよ。そうすればきっと、分かり合えるわ」


 彼女の言葉に音禰と真陽留は少し悩んだが、顔を見合せたあと、その目には決意が込められ、お互い頷きあった。

 そんな二人を沙恵は安心したように、ホッと息を吐きながら見つめる。


「あ、お金を──」

「今日は私の奢りよ。行ってきなさい」


 沙恵の言葉に二人は大きな声でお礼をし、音禰は荷物を手にし、真陽留は手に持っていたタオルをテーブルに置き、慌てて外へと走り出した。

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