『連れ出せ』
ベルゼは気を失いその場に倒れ、明人もすぐあと、地面に倒れ込み動かなくなってしまった。
カクリは倒れ込んでしまった二人に近付き、様子を確認するようにその場にしゃがむ。無表情のまま明人の頭に優しく手を添え、撫でた。心配など何もしておらず、表情一つ変えない。
「おい、そいつは大丈夫なんだな」
カクリの隣まで移動した真陽留は見下ろしながら問いかけ、音禰は心配そうに倒れ込んだ明人の頬を優しく撫でた。
「あの、貴方が相想といつも一緒にいたカクリちゃん?」
「『貴様は、病院に居た者だな。我はカクリ。この場のみの付き合いだが、よろしく頼むぞ、人間よ』」
音禰に目を向けずに、明人達を見下ろしながら言葉を交わす。
会話が途切れ、カクリは瞬きをし、深紅の瞳を今度はベルゼへと向ける。
「『我も中へと入る。こちらの事は任せたぞ、人間』」
「えっ──カクリちゃん?!?!」
カクリはそれだけを言い残し、ベルゼに手を添え明人達と同じく目を閉じその場に倒れ込んだ。
その時には、長かった髪は肩ぐらいまで短くなり、鋭かった爪や牙も普通の小さな子供のような姿に戻っていた。
「姿が、変わった?」
「こっちがいつも明人と共に行動した子狐、カクリだ」
「そう、なんだ……。やっぱり、子供なんだね。それなのに、あそこまでの傷を負ってでも、相想を守ろうとしたんだ。すごいな」
悲痛な面持ちで彼女は手を伸ばし、真陽留は複雑そうに顔を曇らせ、逸らしてしまう。
「ま、まぁ。見た目は子供だが、こいつは僕達なんかより何十年、何百年と生きた正真正銘、妖だ」
「え、そうなの」
「あぁ。妖の中では子供だろうけどな。とりあえず、ここから先はもう僕達は何も出来ない。あとはムカつくけど、明人と子狐に託すしかねぇよ」
「そうね……」
真陽留と音禰は祈るように三人の横に座り、彼女は祈るように手を合わせ、目を閉じた。
「お願い、二人とも無事に帰ってきて」
横目で音禰を見ていた真陽留も、期待を込めた瞳で倒れ込んでしまった二人を見る。
「頼むぞ」
そう呟き、彼はベルゼの頭に優しく手を乗せた──
☆
明人は何も見えない闇の空間で目を開けた。周りを見回しているが何も無い。地面や壁、天井なども確認する事が出来ず、手を伸ばしてみるも、足を前に出してみても同じ。何も変化が無く歩けているのかも分からない。
「これが悪魔の匣か。悪魔にもあるのか分からんかったが、まぁこんなもんか」
変わったものなどがないか確認するように周りを見回し続けていると、人の声がどこからかいきなり鳴り響いた。その声は柔らかい物ではなく、人を貶すような低い声。憎悪や嫌悪など、負の感情が込められた。
『あの子は悪魔の子だ。今すぐにでも捧げなければ我々の村が終わってしまう』
『そうね。この村のため、あの子には生贄になってもらいましょう』
『あぁ、悪魔の子。悪魔の子は生贄に──』
おじいさんのような皺がれた声と、若い張りのある女性の声が黒い空間に響く。意味ありげな会話に、明人は眉を顰め、顎に手を当てる。
「……悪魔の子?」
疑問を零し、胸糞悪いと言うように顔を歪め、唇を尖らせる。
『やめてください!!! この子は悪魔の子なんかじゃありません!!』
『そうだ!! この子は私達の子だ。悪魔の子なんかじゃない!!!』
今度は先程とは違い、女性の金切り声と男性の重苦しい声が聞こえ始める。何かを必死に訴えているような口調に、元々暗く重苦しい空間がより一層重たくなった。明人でさえ汗を滲み出し、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる。
『その子供は悪魔の子だ、お前らの子供ではない。さっさとこっちに渡せ』
『そうよ、早く渡しなさい。この村のため、その子を今年は鬼神様に捧げるの。そうでなければ、この村は無くなってしまうわ』
最初に聞こえたおじいさんと女性の声が響く。その声には感情がなく、ただ渡されたセリフを読んでいるように聞こえる。
『やめてください!! この子は私達の子なんです!! お願いですからやめてください!!!』
『お主は、その悪魔の子と村全員の命。どちらが優先されるか、分かるだろう』
『ですが、それでもこの子は私達の子供です。まだ五歳なんですよ!? たった五年でなんてあんまりです!!』
涙が含まれた声。だが、それでも冷たく見放すような声が続く。
『手渡す気がないのであれば致し方あるまい。
おじいさんの声の人は我慢の限界になったらしく、怒りが含まれた声で、冷たく言い放った。
『や、やめてください。やめてください!!』
『妻と子供には手を出さないでください!! お願いします、どうか妻と子供だけは!!!!』
男性と女性の必死な訴えも意味はなく、その後、男女の泣き叫ぶような声が暗闇に響いた。
肉が切られる音、祈願する言葉。泣き叫ぶ声に、最後は鼻で笑う声がこの暗闇にこだまする。
「──胸糞悪いもんを聞かせやがって」
様々な負の感情が込められた声が闇の中に響き、明人は歯を食いしばりながら耳を塞ぐ。声だけだが、それだけでも分かるほど残酷で悲惨な残虐行為。
今も尚、叫び声や泣き声が響き、明人は必死にその声から逃げるように塞ぎ続けた。それでも全ての声を遮断する事が出来ず、片膝をつき歯を食いしばる。
それから数秒後、音や声が聞こえなくなり静かな空間に戻る。そこに、感情のない冷ややかな声が聞こえた。
『では、悪魔の子を連れ出せ』
『はい』
若い男性がおじいさんの声に反応する。
『ひっ、お、お母さん、お父さん……。いやだ、いやだ離して!!! お父さん、お母さん!!! いやだ、僕はいやだ!! 行かない!! お父さん! お母さん!!!!』
子供の泣き叫ぶ声が響く。悲しい、苦しい、辛い、痛い。聞いているだけで辛くなる声。だが、そんな声など気にする事はせず、そのまま引きずられる音と、いまだ泣き叫んでいる子供の声だけが、明人がいる空間に響き渡った。
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