「見せてもらえるか?」
「今のはなんだ。誰の記憶だ」
頭の中に響いた胸糞悪い声が途切れ、明人が荒れた息を整えていると、前方に淡い光が現れる。
顔を上げ光の方に目を向けると、小さな少年が顔を俯かせ立っていた。
服はボロボロになっており、袖や裾が短く背丈にあっていない。髪は乱雑に切られ長さがバラバラ、服から見えている体には無数の傷痕。明人は少年の傷跡を見ると、瞳を揺らし目を細め、今にも泣き出しそうな顔を浮かべる。
「お前は誰だ」
質問すると、明人の声に反応し、俯かせていた顔を少年はゆっくりと上げた。その目は左右非対称で、右側が藍色、左目は赤色。顔にも傷がいくつもある。頬は青く腫れており、額には切り傷。唇も切っており血が流れていた。
明人が少年を見ていると、か細い声が聞こえ始めた。
『僕は悪魔の子なんかじゃない。僕は、お母さんとお父さんの子供だ』
いきなり口にする少年に、彼は何も答えない。
『僕は悪魔の子なんかじゃない。違う違う!! 生贄なんて嫌だ。嫌だ!!』
少年は徐々に声量を上げていき、頭を支え叫び散らす。
先程、悪魔の子と呼ばれていた少年は、今明人の目の前にいる少年で間違いない。何もかもを吐き出そうと泣き叫ぶ。
『僕は人間だ。悪魔の子なんて、生贄なんて──そんなの嫌に決まってるじゃないか!!!!』
涙を流し、叫び続ける少年に明人が近づき始めた。手を伸ばせば届く距離になり、相手と目を合わせるため片膝をついた。手は膝に置き、敵意が無い事を示す。
「お前の名前はなんだ。俺の声は聞こえてんのか?」
明人は冷静な態度を心掛け問いかけると、少年は肩をビクッと震わせ、頭を抱えていた手をそっと避け、顔を上げた。
怒りや恐怖が入り交じっているような顔色をしており、明人は無意識に顔を顰める。
『僕は悪魔の子じゃない、生贄なんていやだ……』
「だから、俺はお前の名前を聞いてんだよ。お前が悪魔か何かとか正直どうでもいい」
冷たく言い放たれた言葉に、少年は目をまん丸とし、驚きの表情を浮かべる。そのあと、小さな声で「
「分かった。なら純彦。お前の記憶を見せてもらえるか?」
優しく目を細め、微笑みながら問いかける。最初は困ったように眉を下げていた少年だったが、そのあと少し戸惑いがちに小さく頷いた。
「あんがと。なら、早速で悪いが見させてもらうぞ」
明人は安心したように息を吐き、差し出した右手を純彦の頭に乗せた。肩をビクッっと震わせたが、抵抗することはなく受け入れる。
明人はその様子に安心し、集中するように目を閉じた。すると、明人に反応するように、昔の家の中が暗い空間に映し出された。
「これがお前の家か」
明人が周りを確認するため目を開け、周りを見渡し始める。
家の中心には囲炉裏があり、赤く炎が灯されている。その周りには座布団が三つ置かれていた。
そのうちの一つに座っている綺麗な女性がボロボロの着物を着て、何かを作っている。手にしているのは白い布と針だ。その隣には純彦が興味津々な表情を浮かべながら座り、女性の手元をキラキラと輝いているような瞳で見続けていた。
『お母さん、それはなぁに?』
『ふふっ。これはね──ほら、完成したわ。これを貴方の左目に付けるの』
『僕の左目?』
『そうよ。ほら、これで貴方は周りの人と同じだわ』
女性は、純彦の左目に白い眼帯を付けてあげた。
『ふふっ、お似合いよ純彦』
純彦の髪を巻き込まないように頭の後ろで紐を結んであげ、頬を両手で挟みながら笑みを零す。女性の言葉と表情を見て、純彦も釣られるように満面な笑みを浮かべ、女性に抱きついた。
『ありがとう! お母さん!!』
『あらあら。甘えたさんなのかしらね』
そんな二人の空間は、すごく幸せな家族の時間のように見える。どこの家庭にも有り得る、平和な時間。そこに、一人の男性が古い袴を着て、傷だらけの体で帰ってきた。
『あなた。今日も怪我をしてしまったのね。大丈夫?』
女性が言うように、男性の左頬には大きな切り傷が作られており、手にも血を滲ませていた。そんな男性に女性が近付き、心配そうに手を伸ばす。
頬についている傷口に手を触れられると、男性は少し悲しげに微笑み、その手を優しく包み込み『大丈夫だよ』と口にする。
そのあと、純彦の所へ行き片膝をつき、頭を撫でてあげた。
『お父さん、痛い?』
純彦は男性の傷だらけの手をぎゅっと握り、眉を下げ心配そうに聞いた。それを、先程と同じく、優しい微笑みを浮かべながら男性は『大丈夫』と口にする。
『純彦、この左目のはなんだ? 随分とかっこいいじゃないか』
ケラケラと笑いながら、男性は純彦の左目に付けられている眼帯を指さす。
『うん!! お母さんが作ってくれたの!! かっこいい?』
『あぁ、すごくかっこいいぞ。さすが私の息子だ。私に似てかっこいいなぁ』
男性は嬉しそうに純彦を抱っこし、立ち上がる。
『ちょっと、それだとあなたがかっこいいという事になるじゃない。やめなさいよ』
『えぇ、それは事実だろ?』
『嘘八百よ』
『お父さん、うしょはっぴゃくだぁ〜!!』
『なっ、純彦まで……』
一つの家族の笑い声が響く。すごく楽しそうで、理想の家族が映し出されていた。
明人は目を細め、優しげな瞳でそんな光景をずっと見続けていた。
そのあと、砂嵐のような映像を挟み切り替わる。次は女性が男性の傷の手当をしているシーンが映し出された。
『いてっ』
『あ、大丈夫?』
消毒が沁み、男性は顔を歪めてしまう。
『いや、大丈夫だ』
『そう……。今日も結構やられてしまったのね』
『あぁ。全く、本当に酷い奴らだ。私の大事な息子を悪魔の子だなんて。こいつは誰よりも優しくて、周りがしっかり見えている賢い子だと言うのに』
『本当にそうよね。ただ、目の色は病気じゃないかとても心配なの。なぜ、あの子の左目だけ赤色なのかしら』
『考えても仕方が無いだろう。今一番に考える事は、純彦の安全と将来についてだ』
『そうよね。私達が不安になってはダメよね!!』
『そうだ。私達でこの子を守らなければならない。これからも周りから酷い事をされるかもしれないが、耐えられるか?』
『もちろんよ。純彦のためだもの。絶対に負けないわ』
二人は真剣な顔で言い交わす。そんな中、純彦は気持ち良さそうに眠っており、少し寝返りを打ったあと男性にぶつかり、幸せそうに手をぎゅっと握った。
それを見て、二人は優しく微笑み、頭を撫でた。
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