「そういう事かよ」

「なっ──」


 明人の体を貫こうとした大鎌が突如としてビタッと、三つとも動きを止めた。ベルゼはいきなりの事態に目を見張り驚きの声を上げる。


 真陽留は後ろから何かを感じ、青い顔を浮かべる。ゆっくりと首を回し後ろを見ると、そこには音禰が驚きの表情を浮かべ、一人の少年を見ていた。


「あ、貴方…………」


 音禰の横に立っている少年は、腰まで長い銀髪を揺らし、深紅の瞳をベルゼに向けている。


「『許さぬぞ小悪魔風情が。我の友を傷付けおって。覚悟はできておるのか』」

「……やはり、先に殺しておくべきは貴様だったようだ。子狐が──」


 低く、重苦しいが、今のこの状況では頼もしくも感じる圧のある声。その声が聞こえた先にいるのは、右手を明人の方に向け、何かを操作しているような手つきで立っているカクリだった。大鎌を止めたのは、十中八九彼だ。


「貴様の力はほとんど頂いた。もう、残りカス程度だろう。そんな貴様に何が出来る」

「『残りカスは貴様だろう。人間に両腕を切り取られ、よく余裕そうに構える事が出来る』」


 カクリは無表情で煽り、大鎌を床へと突き刺し手を下ろした。


「『お主はすぐに死ぬ事となる。足掻くだけ無駄な事よ』」

「それは──がっ!!」


 抑揚のない声でカクリは、右手を再度動かし手のひらをベルゼの方に向ける。すると、彼がいきなり胸辺りを強く握り、脂汗を流し、苦痛にもがき始めた。


「き、貴様……。何をっ、する。やめろ、やめろぉぉおお!!!」

「『貴様の心の臓を、破壊する』」


 カクリは開いていた手をグググッと閉じようとすると、先程より痛みが激しくなる。ベルゼが苦痛に顔を歪めながら叫び声を上げ、その場に倒れ込んでしまった。

 それでも痛みは治まらず、地面を何度も叩いたり咆哮のような声を上げ、痛みを和らげようと動き回る。その目は大きく見開かれ、血走らせている。


「ふ、ふざけるな、ふざけるなぁぁあああ!!!!」


 地響きが鳴りそうなほど苦しげな声を上げ、悶え苦しむ。明人は焦ったように眉を顰め、走り出した。


「まずい。このままじゃ──」

「っ、明人!! 待て!!!」


 明人が走り出し、真陽留が止めようと手を伸ばすが間に合わず。伸ばされた手は空を切り何も掴めず、走り出してしまった彼の背中を見る事しか出来なかった。


「カクリ!!! もうやめろ!!」


 焦りの混じった声を出し、カクリの両肩を掴み無理やり自身へと向かせる。名前を何度も呼ぶが、明人の声など聞こえておらずベルゼを殺そうとしている手は止まらない。


「くそっ!!」


 何とかして止めようと、明人はカクリの名前を呼び続ける。その時、カクリに気を取られてしまっていた彼は、自身に向かって来ている大鎌に気付く事が出来なかった。


「このまま、終わらせて……、たまるか……っ……」

「明人!!」


 ベルゼが最後の力を振り絞り、大鎌を操作し始める。真陽留が彼の名を叫び、やっと大鎌の存在に気付く事が出来たが、時すでに遅く。今から避けようとするも、もう間に合う距離ではない。咄嗟に手で防ごうと前に出したが意味は無く、大鎌は彼に突き刺さる直前で動きを止めた。


 明人は驚き、ゆっくりとカクリの赤い瞳と目を合わせた。その目は、今までの暴走していた時の濁っているような瞳ではなく、しっかりと彼を捉えており、真っ直ぐと見続けていた。


「──そうかよ。わかった」


 明人はカクリの瞳を見て、何かを察し。眉間には皺が寄せられてはいるものの、口元には笑みが浮かべられていた。


 カクリの自我はしっかりと保たれている。その事を確信し、明人はカクリの耳元でレーツェルとの会話を軽く伝えた。


「カクリ、あいつをこの小瓶に封印する。方法は、いつも黒い匣を抜きとる時と同じらしい」

「『なんだと?』」


 横目で明人を確認し、カクリは眉を寄せ少し考える素振りを見せた。それでもベルゼを拘束している手は緩めないよう注意しているため、いまだ苦しげな声がこの洞窟内に響く。


「だから、俺をあいつの中に入れろ。今回は俺がやる」


 明人の瞳はベルゼの方を向いており、必ずやり遂げてみせるという強い意志を感じる。放たれる言葉にも力が込められており、カクリは何も言わずに頷いた。


「『分かった』」


 口角を上げたカクリは、一度手を下げる。それにより、ベルゼの拘束は解け自由になった。そのため、手を地面に付き、震える体を無理やり起こし顔を上げる。


「ふざけるな、ふざけるな!!! 我を侮辱しよって。我はこの程度では終わらぬ、終わらぬぞ!!!」


 ベルゼの瞳からは憎しみといった可愛いものなどではなく、もっと深く、黒くなってしまった感情。憎悪にも似た物が込められた瞳がカクリに向けられる。


「このままで終わらせられると思うなよ小童こわっぱが!!!」


 肩を上下に動かし、震える体を無理やり立たせ二人を睨む。喉が切れそうなほどの声量で怒り狂い、黒い影で大量の槍を作り出した。

 全ての刃先を明人とカクリに向けた。その時──


「っ、こんのっ!!!」


 大量の槍に黄色に輝く液体がかけられ、溶けるように地面へと落ち消えた。

 ベルゼが視線を周りに移すと、空の小瓶を手に持ち、真陽留と音禰が強気な表情で立っている姿が映った。


「き、貴様らぁぁぁああああ!!!!」


 顔を赤くし、再度大鎌を作り出そうとした瞬間、明人が気配を消しベルゼの背後を取った。


「頭に血が上りすぎたな」


 ベルゼの頭を掴み、身動きが取れないようにする。


「お前の匣を見させてもらうぞ!!!」

「きさっ──」


 叫び散らそうとしたベルゼだったが、振り返るのと同時に明人の五芒星が刻まれた瞳と目を合わせてしまい、そのまま意識を失ってしまった。

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