「遅かったな」

 ベルゼは、彼の前に守るように立っている音禰を冷めた目で見ていた。

 何も期待していない、何も出来ない。そう思っており、明人に向けていた目とは明らかに違う、幻滅したような瞳。


「はぁ、貴様には全くと言っていいほど興味はない。死にたくなければここを去れ。我はその後ろで寝そべっている男と話がしたいのだ」

「なら、まず私が話し相手になるわ」

「貴様の話など興味はない。そこをどかぬのなら──」


 ベルゼは自身の頭上に何本も槍を作り出し、刃先を音禰と明人に向けた。


「──殺すぞ」


 操作しながら彼は冷たく鋭い瞳を向け、言い放つ。その目と作り出された槍に、音禰は顔を青くし目を見張らせ恐怖の表情を浮かべる。その表情を見るだけでベルゼは幻滅し、蔑んだ瞳を向けた。


「怖いのならそこを去れ。貴様はただの道具だ。魔蛭を利用するための餌にすぎない」

「あんた、本当に最低ね……。これが、本物の悪魔」

「そうだ。我は悪魔であるベルゼ様だ。人間ごときが相手に出来る訳なかろう。最後の忠告だ、そこを去れ。立ち続けるのであれば、死ぬが良い」


 音禰は不安げに明人へと目線を向ける。いまだ痛みに苦しみ、それでも立ち上がろうと彼は息を荒くし足掻いていた。


「…………ダメ、私はここを避けないわ。私の大事な人を置いて、好きな人を置いて。もしここで逃げてしまえば私は今後、生きていけない。だから、絶対に逃げない!!」

「そうか。なら、その男諸共。死ぬが良い──」


 槍を五本、ベルゼは音禰に向け投げるように放つ。槍を追うように目線を動かし、音禰を刺し殺そうとした。だが、彼女は迫ってくる槍から避けようとせず、迎え撃とうとした。


「おい、避けろ!!!」

「無茶言わないで!! 貴方を残して逃げる訳にはいかないのよ!!」


 弓矢を構え打ち落とそうとするも、一気に五本の槍が迫っていきているため、全てを落とす事など音禰には不可能。


「終わりだ」


 槍が音禰達を貫こうとした時、微かに槍が空中でだ。この瞬間を逃さず、明人は音禰の腰に手を回し横に勢いよく跳ぶ。その際、折れてしまった右腕と左足に響き、上手く着地ができず地面に転がる。

 音禰の頭はしっかりと支え、顔を上げ元居た場所を確認した。


 槍は地面に突き刺さり、そのまま溶けるように消えていった。


「まだ動けるのか……。いや──」


 空中には紫色の霧が漂っている。それを見たベルゼは、出入口の方に目を向けた。そこには、立っているのがやっとのファルシーが膝に手を付き霧を操作している姿がある。


「なるほどな。立っているのもやっとのように見えるが、死に来たのか?」


 ファルシーの姿を確認しベルゼは口角を上げ影を操る。再度一本の槍を作り出し、容赦なく彼女に放った。

 風切り音が響き、猛スピードで彼女に向かってしまう。


「貴様はここで死ぬがよい」

「そうはいかないわ、小悪魔よ」


 ファルシーに当たる直前、槍が大きな音を立て、見えない壁に強く当たったかのように四方へと飛び散った。

 地面にボタボタと落ち、そのまま溶け込むように消えていく。


「なっ──」


 今の現象にベルゼは驚きの声を上げ、彼女を見つめる。したり顔を浮かべ、ファルシーはその視線を受け止めた。


「どうしたの小悪魔君。こんな弱っている可哀想な堕天使一人、殺す事も出来ないのかしら」

「無様な姿を晒して尚、そのような言葉を口にするか」


 またしても槍を作り出し放とうとしたが、それは叶わない。


「貴様──」


 ベルゼの手首には、音禰が放った光り輝く弓矢が貫通していた。

 彼女はまた打とうと弓を引いており、矢の先端に付いているやじりを彼に向けている。その事に青筋を立て、重苦しい声で彼は一言、言い放った。


「許さぬぞ。その目、顔、行動。全てが気に食わぬ!!」


 槍の刃先をファルシーから音禰に変更し、ベルゼは翼を大きく広げ空中に飛びながら視線を向け、右手を大きく横に振りかぶり、数本の槍放つ。だが、彼女は横に跳び避け、再度放とうと膝を地面に付けながら構えた。


 音禰の行動一つ一つがベルゼを苛立たせ、こめかみをピクピクと震わせる。顔を赤くし、唇を噛んだ。

 怒りに身を任せ槍を十本作り出し全て放とうとした際、いつの間にか明人が移動しており、ベルゼのすぐ側まで来ていた。


「女ばかり狙うなんて、男として最低だな」

「なっ──」

「気付くのが一歩、遅かったな」


 明人の左手には真陽留が持っていたカッターナイフが握られており、それを思いっきり振り上げた。

 

 鮮血が舞い、明人の笑い声が響く。大きく見開かれたベルゼの目線の先には右腕が、円を描きながら空中に放たれていた。

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