ベルゼ

「絶対に許さない」

 ひとしきり笑ったベルゼは再度、明人に顔を向ける。


「さぁ、どうする人間よ」

「どうしようかねぇ」


 塞がれた出入口に目を向け、明人は考えるように眉間に皺を寄せた。だが、焦る様子を見せず、冷静を崩さない。


「なるほど、このあと合流する予定だったか。それは残念だったな。これでは合流など出来んだろう」


 明人の思考を読み取ったようなタイミングで、ベルゼは勝ち誇ったように言い放つ。舌打ちを零し、明人は何か利用できないか周りを見る。


「無駄な足掻きよ。たかが人間が、こんな所で何が出来る」


 ベルゼが余裕そうに、また再度槍を作り出し空中で回転させた。明人は眉間に皺を寄せ回転している槍を見た。歯を食いしばり、後ろへ逃げようと振り返り走り出す。


「無駄な事はやめて、すぐに死んだ方が良いぞ」


 右手を頭の上にあげ、白い八重歯を見せながら。ベルゼは一本だけ作りだした槍を明人へと放った。肩越しに槍を確認し、明人は走っている勢いを止めず振り返り出入口へ。何本も刺さっている槍の一つを引き抜き、向かって来ている槍を横一線に薙ぎ払った。


「ほう」


 楽し気に見ているベルゼ。明人は薙ぎ払った体制を整え、手に持ちながらその場に留まる。ベルゼの次の動きに警戒し、右手に持っている槍を強く握る。


「お主は本当に諦めの悪い人間だな。その方が面白いが…………」


 ベルゼは明人の様子に口を閉じ、右手を動かした。だが、それと共に目線も動かし明人から逸れる。


 明人は視線がずれた事に少しだけ驚いたが、チャンスだと思い槍を振り上げベルゼめがけてぶん投げた。

 すぐさま気づき、ベルゼは横に逸れ回避。視線を明人がいた場所に向ける。だが、そこには誰もいない。


「どこに…………」

「どこだろうなぁ!!」


 ベルゼの下から声が聞こえ始める。それと共に、視界が歪んだ。


「がっ、何が!!」

「人間様は力がない分、頭を使うんだよ。一つ一つ解決しねぇと、こっちが負けちまうからなぁ」


 明人は口角を上げながら、右手に少しだけ残っている砂を落とす。地面には先ほど投げた槍が落ちており、拾い上げる。

 まだ涙が零れ落ちている目元を拭っているベルゼに、槍の先を向けた。両手でしっかりと握り、地面を踏み固め、力強く蹴った。


 ベルゼを突き刺そうと槍を彼の胸元に付き出した。だが、寸でのところで上に回避されてしまった。


「ちっ!」

「あともう少しだったな人間。だが、仮に当たっていたとしても意味はなかっただろう。我には効かん」

「少しは効くかも知れねぇだろ、試してみろよ。新しい自分を発見できるかもしれねぇぞ」

「試す価値がないな」

「つれねぇな」


 そんな会話をしながらも。二人はお互い目を離さず睨み続ける。


「時間をかけるのも馬鹿馬鹿しいな、もう終わらせよう」

「始まったばかりじゃねぇかよ、まだまだ遊ぼうぜ悪魔君」

「断る」


 明人へと向けていた瞳が微かにゆれる、それと同時に、彼の足元に黒い影が集まり始めた。

 気配を感じた明人は足元に目を向け、咄嗟に横へと跳びその場から離れる。瞬間、地面から鋭く尖った大きな棘が明人のいた場所に突き出てきた。


「まだだ」


 今度は右手を勢いよく振り上げた。すると、明人の後を追うように黒い棘が地面から次々と突き出される。一度でもあたってしまえば、明人の身体はもたず死んでしまう。


 後ろを振り向き、明人は地面を蹴り走り棘から逃げる。だが、ベルゼが諦めない限り追いかけてくる棘に、明人は舌打ちを零しながらどうすればいいか考える。その時、壁に吊るされているカクリが目に入った。


 目を細め、口を結ぶ。何かにこらえるように拳を握る。


「カクリが居ねぇと、俺はただの弱い人間なんだよ…………」


 嘆きに近い言葉を零すと、明人は急に方向転換。Uターンをし、ベルゼの下を潜った。


「どこに――――」


 いきなり角度を変えた明人を追っていると、目的を把握したベルゼは慌てて棘を出すのをやめ槍を二本作り出した。


 明人が向かったのは、壁に吊るされているカクリの元。手を伸ばせば届く距離まで走り、右手を伸ばす。

 カクリまであと数センチ、だがそう簡単に触れさせてはもらえなかった。


「っ、くそっ!!」

「詰めが甘いわ!!」


 上から降ってきた二本の槍。明人は瞬時に横へ飛んだ。だが、右肩を掠り、バランスを崩す。地面を転がってしまい、体をぶつけてしまった。


「ク、クソがっ」

「何をやろうとしたかわからんが、近付くのを許す訳にはいかぬな」

「…………そーかい」


 体の痛みに耐えながら、明人はゆっくり立ち上がる。確認の意を込めてカクリに目線を向けるが、起きる気配はない。

 血はいつの間にか止まっており、口が微かに動いている。血が止まった事には安心出来るが、危険な状態なのには変わりない。早く楽な体制を作らせ、治療させる必要がある。


「早く来いや、糞蛭君よ…………」


 顔を俯かせ、誰にも聞こえない声で呟く。何をしているのかわからないベルゼは、警戒しつつも明人を見下ろし次の動きに備えた。


「とどめよ」


 ベルゼは明人の足元にある影を再度操作し始めた。すぐさま明人は横に避ける。


「また同じ攻撃か? いや、やばっ――……」


 またしても同じかと思った明人だが、すぐに違う事を察し青ざめる。反応が一瞬だけ遅れた事で、地面から現れた無数の手から逃げられなくなってしまった。


 左手首を掴まれ、次に右手。右足、左足と掴まれてしまう。


「ちっ!!」


 掴まれてしまった事により明人は、身動きが取れなくなってしまう。何とか抜け出そうと藻掻くが意味はなく、掴む力が徐々に強くなり、痛みで顔を歪めた。


「っ、おいおい。骨を折る気か?」

「折っても良さそうだがな」


 ベルゼは右手を前に出し、手を握ろうと力を込め始める。


「っ!!」


 明人が目を開き、痛みで顔を歪める。右腕と左足を掴んでいる手が先程より力が強まってきており、腕をなんとか引き抜こうとするが、強く掴まれているため不可能。焦り始め、歯を食いしばる。


「やめっ──」

「これが、人間というものだ」


 ベルゼは明人の反応を楽しみながら、突き出していた右手を強く握った。その瞬間、洞窟の中に鈍い音が鳴り響いた。


「がっ!! く、そがぁぁああ!!!」


 明人を掴んでいた手は、そのまま沈むように地面の中へと戻っていく。それにより、支えが無くなった彼はその場に倒れ込んでしまった。


 右腕と左足が変な方向に折れ曲がっている。骨が折れてしまっているのは確実だ。痛みで息が荒くなり顔を歪め、彼はその場から動けなくなる。


 ベルゼはそんな明人に近付き、蔑むような瞳で見下ろす。


「哀れだな人間よ。どんなに妖と契約しようと、それは意味の無いこと。悪魔である我には遠く及ばん。残念だったな」


 下唇を舐め、地面に足を付ける。その場に膝を付き、ベルゼが明人に手を伸ばした瞬間、音もなくどこからか光の弓矢が放たれた。


「何?」


 避けきれず、弓矢はベルゼの右手を貫通した。それでも余裕そうな表情は崩さず、放たれた方向に目を向ける。


 そこには、弓を構えている音禰の姿があった。


「あの小娘、なぜ死んでおらん?」


 音禰がもう死んだ者だと思っていたベルゼは、微かに戸惑いを見せた。それだけではなく、自身に刺さっている光の弓矢にも怪訝そうな顔を浮かべたる。


 光り輝く弓は実態がないように見え、人間である音禰が放てる代物ではない。ましてや、音禰は昨日までずっと眠っていた。ここまで動けるのがまずおかしい事だ。


「良いわね音禰ちゃん。さっきも言った通り、弓矢を放つ事に、貴方の寿命を一年頂く事になるわ。放つ際は気をつけなさい」

「はい」


 音禰は構えていた弓を下ろし、出入口を塞いでいる槍に目を向ける。そのあと、奥で倒れている明人を見た。


 彼は痛みに耐えながら地面に無事だった方の手を付き、歯を食いしばりながら立ち上がろうとしていた。


「許せない。カクリちゃんだけじゃなくて、相想にまでそんな酷い事をするなんて!!!」


 怒りで血が上り、音禰は再度弓を構え始めた。次はベルゼもしっかりと見ているため避けるのは容易い。そんな事を考えられないくらい熱くなってしまっていた。


「────っ小瓶を使え音禰!!」


 明人の叫びに近い声で、音禰はハッと冷静になりポケットに手を入れた。光り輝く小瓶を一つ手に取り前を向く。


「ち、余計な真似を──」

「ぐっ!!」


 立ち上がろうとしている明人の背中を踏みつけ、ベルゼは冷たい瞳で見下ろす。


「や、やめて!!!」


 音禰は慌てて小瓶の蓋を開け、出入口を塞いでいる槍にぶちまけた。それにより、刺さっていた槍は溶けるように消えた。

 すぐさま音禰は地面を蹴り、明人に向かって走り出す。小瓶の中にほんの少しだけ残った記憶の欠片をベルゼにもかけその場から退かせ、彼を守るように前に立った。


「たかが人間が」

「貴方だけは、絶対に許さない!!!」


 弓を構え、ベルゼを見る。その瞳には、怒りの炎が宿っており、ゆらゆらと燃えていた。

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