「面白いわね」

 明人はベルゼの右腕を切り落とし、その場から離れた。鮮血が舞い、血なまぐさい匂いが立ち込める。


「なぜ動ける? それに、そんなナイフごときで我の腕を切るなど出来るはずが──」


 ベルゼは何が起きたのか理解出来ず、ただただ困惑するだけ。目の前に立っている明人を凝視するだけ。


 今の明人は余裕の笑みを浮かべ両足でしっかりと立っている。折れている右腕は木の板とハンカチで固定していた。

 カッターナイフも、悪魔の片腕を切り落とせるほどの威力はないはずなのだが刃こぼれすらせず、輝いている。


「女ばかり気にしてるからこうなるんだぜ悪魔さん? 確かに男だもんなぁ。女に目がいってしまうのは仕方が無いと思うぞ。たとえ、色気なし女性だとしても──」

「誰か色気なしのくそババァよ!!!」

「誰もそこまで言ってねぇわ」


 明人の言葉にすかさず突っ込む音禰だが、そんなやり取りなどベルゼにはどうでも良い。

 今も肩から血がぼたぼたと流れ、地面を赤く染めていく。体内に巡る血液がほぼ流れ出ているにもかかわらず、ベルゼは冷静を取り戻そうと大きく息を吐いた。


「なるほどな。確かに女に集中しすぎてしまったらしい。その事は認めよう。だが、片腕を切り落としたからと言って、我には関係の無い事だ」


 彼の言葉に反応するように、地面に落ちた血がモゾモゾと動きだした。その事に明人は驚き、音禰は「気持ち悪!?」と叫ぶ。


「残念だったな、人間」


 動き出した血は一斉に失ったベルゼの右腕に集まり、徐々に腕の形を作っていく。


「おいおい、そんなの反則だろ……」


 せっかく切り落とした片腕は、彼自身の体から飛び散ってしまった血で生成されてしまった。


「まぁ、腕を切り取る事が出来たのは褒めてやろう。だが、それだけだ。人間にはこれが精一杯だろう」


 血で作った手を握ったり、開いたりと。動きを確認しながら言う。

 明人は予想外なベルゼの行動を目にし、悔しげに歯を食いしばり、睨みつけた。


「そのような顔を浮かべるとはな。愉快だ」


 ベルゼはそんな彼に興奮し、楽しげに赤黒い右手を口元に置く。


「悪趣味だな。あぁ、悪魔だからか」

「そうだなぁ。それで、貴様のその足はなぜ治った? 腕の方は折れたままのように見えるが」


 明人は右腕を動かさず、左手のみでベルゼの腕を肩から切っていた。


「そんなの話すと思うか?」

「そうでなくては面白くないな」


 ベルゼは天井に近づくため翼を広げ舞い上がる。右手を横に伸ばし、何かを握る仕草をする。そこへと集まる黒い影。それは、徐々に何かの形を作り出した。


「これからは近距離戦と行こうか、人間」


 ベルゼの手には、死神が持っているような黒い大鎌が握られた。楽しげに口角を上げ、明人に好戦的な瞳を向ける。その目を彼はしっかりと受け止め、足を一歩前に踏み出した。だが、グイっと。後ろから引っ張られる感覚に足を止め、それ以上進む事が出来ず。面倒くさそうに頭を掻き、後ろを見た。


 そこには音禰が眉を下げ、心配そうに明人の肩を掴んでいる姿があった。


「ダメだよ。また、怪我をする訳にはいかないでしょ? 私の力も、さっき相想の左足を治したから残り一回しか残ってないのよ」


 さっきファルシーが気を引いている間に、音禰は明人の折れた左足を治していた。

 明人曰く、腕は最低動かなくても問題は無いが、足はそうもいかない。走る事も歩くこ事もままならないのであれば、死を待つのみ。

 彼は簡単に説明し、音禰も言われた通り右腕は治さず左足だけを治し力を温存させた。


「それじゃどうするんだ? お前やるか?」


 明人の質問に音禰は口を閉じてしまう。その反応を見て彼は「なら、黙ってろ」と手を払い、ベルゼの方へと歩いてしまった。


 左足が治ったからと言って、今の明人はただの人間程度の力しか出せない。それに加え、利き手である右手は今もまだ折れた状態。明らかに不利な状況にもかかわらず、迎え打とうとしている。


「やはり、貴様は面白い!!」


 ベルゼは大鎌を構え明人に向かって刃を振り上げた。それを、左手で流したり、ギリギリで交わしたりと。明人もなんとか耐えてはいるが、それも長くは続かない。

 受けるだけではベルゼは止まらず、明人の力はカクリが居てやっと成立する物であり、攻撃には向かない。

 一人でも出来なくはないが、体力が直ぐになくなってしまう。今の状況で無理に使えばそれこそ命取りになってしまう力だ。


「相想……」


 心配そうに彼を見つめている音禰。そこにファルシーが近付き肩に手を置いた。


「もう弓矢を使うのはやめなさい。貴方は契約の試練を受けていない。私の一番弱い力を貴方に移しただけ。その代償として、貴方の寿命が弓矢一本につき一年減るわ。それは契約する際に話したはずよ。これ以上死を早めない方がいいわ」


 音禰は弓を握りしめ、彼女を見る。その目は覚悟を決めたようなしっかりとした顔つきで、ファルシーは思わず固唾を飲んだ。


「分かっているわ。それでも、私は相想の力になりたい。少しでも時間を稼ぎ、あの悪魔を!!」


 音禰は握りしめていた弓を構え、隙をつきベルゼに放とうとした。それを見てファルシーはすぐに動けず、ぽかんと口を開く。


 音禰の顔つきと、力の込められた言葉にファルシーは何も言えず。口元に手を持っとぃく。隠れた口の端が上がり、楽し気に笑い出した。


「本当、人間は面白いわね」


 呟いた彼女は、翼を大きく広げ、ベルゼへと向かって飛んで行った。

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