「手短に話そう」

 怒りの声が響いた直後、ファルシーの右腕を誰かが掴んだ。


「あら?」


 掴まれた腕を見て、ファルシーは不思議そうに首を傾げ横に目を向ける。そこには、笑みを浮かべた音禰が立っていた。だが、その笑みは明るいものではなく、何か。どす黒い空気を醸し出しているような感覚があった。


「何を、やっているのですか?」


 再度同じ質問を繰り返す彼女に、明人も横を向きいつも通り軽口を言おうとした。だが、顔を向けた瞬間、顔を青くし口を閉じた。


「質問に答えてください。何をしていたんですか?」

「ふ、普通に話していただけよ……?」

「普通に話している割には距離が近いように感じますけれど。こんなに近付く必要ありますか?」

「いや、それはつい──」

「つい、なんですか?」

「────なんでもありません」


 ファルシーは彼女の勢いに負け、口を閉ざす。


「相想、なんでこんな事になっているのかしら?」

「いや、俺は関係な──」

「関係ない??」

「────いえ、なにも」


 明人もファルシーと同じく彼女の勢いに負け、目を逸らしバツの悪そうな顔で口を閉ざしてしまう。


 二人して口を閉ざした時、真陽留が眠気まなこを擦り、欠伸をしながら小屋から出てきた。


「音禰、嫉妬するのもいいけど、二人にそんな気は全くないと思うよ」

「しっ!? っとなんて、してないわよ!!!!」


 真陽留の言葉に、音禰は顔を赤くし甲高い声で叫ぶ。


「なぁんだ、嫉妬か。安心してよ、人間の男になんて興味無いわ。あぁ、でもこの男は完全な人間ではないから、少し興味あるかも」


 唇を舐め獲物を狙うような目を明人に向けファルシーが言う。音禰が先程とは違う意味で顔を赤くし、彼女の肩を掴み揺さぶる。なんと言えばいいのかわからず、言葉になっていない声で叫んでいた。


 そんな二人を後ろから眺めている明人と真陽留。

 真陽留は明人を眠気まなこで見ており、彼はわざとらしく顔を逸らしていた。


「…………それで、何を話してたんだ?」

「話そうとした時に乱入されたんだよ。なにも話してねぇわ」

「にしては、親密そうだったらしいじゃねぇか。音禰があそこまで怒るんだからな。これだと僕にもまだチャンスあるかな」

「──どうだろうな」


 明人の口から零れた言葉に、真陽留は驚き目を丸くする。


「どうだろうなって、お前なぁ。もしかして、まだ自分は隣にいる資格はないとか思ってんじゃ──」

「さぁな。今は関係ねぇだろ」


 会話を無理やり終わらせ、明人はまだファルシーを揺さぶっている音禰の肩に手を置き止めさせた。


「じゃれ合いはそこまでにしろ。早く休まねぇと明日体が持たねぇぞ」

「一番最初に起きたのは相想じゃない。何を話していたの?」

「何も話してねぇよ」

「嘘」

「嘘じゃねぇ」


 音禰は頬を膨らませ明人に口答えする。それを軽く流し、彼はファルシーの方に顔を向けた。


「そうだわ。なんで貴方は起きてきたの? 何かを感じてしまったのかしら」

「”しまった”って事は、何かあったのか?」


 明人の言葉に、ファルシーは浮かべていた笑みを消し、小屋の奥を見る。


「強い力を感じるのよ。ここまでビシビシと伝わってくるの。正直、気持ち悪いわ」


 明人も釣られるように奥を見て、険しい表情を浮かべる。その時、どこからか彼を呼ぶ声が聞こえた。


『明人とやら、そのまま真っ直ぐ進んで、此方へと来て欲しい』


 男性の声のようだが低すぎず、通る声だ。明人とファルシーは声の下法に顔を向ける。だが、今の声は二人にしか聞こえておらず、いきなり一点に集中し始めた二人に、真陽留と音禰は首を傾げた。


「どうするつもり? 多分だけれど、この強い力は今の声の主だと思うわ。もしかしたら──言っても無駄だったわね」


 ファルシーの言葉を最後まで聞かずに、明人は声がした方に進んでいく。

 真陽留と音禰もついて行こうとしたが、彼女がそれを止め「待っていましょう」と笑みを向けながら口にした。


 真陽留と音禰は不思議に思いながらも、彼なら大丈夫と思いその場で待つ事にした。


 ☆


 小屋の奥に進み続ける。そこまで道は広くないため、明人は歩きにくそうにしていた。

 何度か転びそうになっていたが、それでも歩みを進め声の主を探している。すると、またしても声が聞こえた。


『人間、無事で何よりだ』


 どこから聞こえるか分からない声に、明人はその場に立ち止まり周りを見回す。すると、木々の間にポツンと立っている人を見つける事が出来た。

 その人の服は赤く染っており、顔色も悪い。そして、何かに耐えるように肩を支えていた。

 普通ではない雰囲気に明人は、一瞬息を飲み身構える。


「時間が無い、手短に話そう」


 そこに立っていたのは、力を制御できず苦し気な顔を浮かべているレーツェルだった。口角は上がっているが、力が暴走しそうになっており、抑えるので精一杯の様子。

 額から流れているのは汗だけではなく、赤い血も顔を伝い地面に落ち赤く染める。

 血の匂いが漂い、出血の量が目視しているより遥かに多く感じる。もしかすると、見た目以上に酷い傷を負っている可能性もあった。

 よく見てみると腕や足も怪我しているようで、そこからも血が流れている。


「重症だな。よく立っていられるもんだ。それに、俺でも分かるほど溢れ出ているその力、どうにか出来ないのか?」

「どうにかしたいのは山々だが、そう上手くはいかない。なので、ゆっくり話す時間もない。悪いがすぐに本題に入らせてもらうぞ」


 それからはレーツェルの言葉に耳を傾け、明人は相槌すら打たずに聞いた。

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