「自分で何とかしろ」
カクリが二人に飛びついた時、真陽留の書いた魔法陣が壁の役割を果たし大きな音を立てぶつかる。後ろによろめき片膝をついた。
「少しは役に立ったらしいな」
「黙れ」
それでもカクリは、諦めず立ち上がり何度も体当たりを繰り出す。魔法陣も時間の問題になってきた。早くカクリが意識を取り戻さなければ、二人の命が危ない。
牙を剥き出しにし、血走らせた目で二人を捉え唸る。
「やっぱり無謀だったんじゃねぇのこれ……」
「まぁ、見てろ」
興奮状態のカクリを目の前にしてもなお、明人は余裕を崩さず見続ける。その表情が真陽留にとっては信じられなかった。
相棒がここまで苦しみ、暴れ回ろうとしているのに何故明人は余裕なのか。
真陽留はカクリの本来の力と少しだが戦った事がある。ただの人間が妖の力に叶う訳もなく、簡単にやられ放題になってしまった。
頭の中に蘇る、カクリに攻撃されていた時の記憶。彼は恐怖で身体を震わせ、その場から動けない。
前回の経験が、真陽留の動きを制限してしまっていた。
「おい、何とかしろよ。お前の相棒だろうが」
「残念ながら俺はこいつの相棒になった覚えはない」
「そんな事言っている場合かよ!!」
そんな会話をしている時、カクリを囲っていた壁に小さなヒビが入る。あと何回か体当たりされれば完全に壊れ、二人に襲い掛かるだろう。
「おいおい。本当にどうにかしろよお前!!」
「黙って見てろ」
明人はそれでも余裕を崩さない。カクリが体当たりをする度、小さかったヒビは蜘蛛の巣のように広がっていく。
真陽留は明人の余裕さ加減に苛立ち始め、文句を言おうとしたその瞬間──
「あっ……」
カクリを抑えていた光の壁が嫌な音を立て割れてしまった。効力が消え、砕けた光の壁の欠片は床に溶け込むように消え、カクリは野放しとなる。
結界が消えた事により、カクリは明人と真陽留に目を向け、ゆっくりと四足歩行で近付く。
鋭い牙を見せ、ヨダレを垂らし。唸りながら近付いてくるカクリに、真陽留は恐怖の顔を浮かべ後ずさった。
「カクリ、俺の声は聞こえるか?」
────グゥゥウウウ
「聞こえてないか。なら、もうお前の小言を聞かなくてもいいらしい。それはそれで爽快だな」
そんな事をあっけらかんと明人が言い放る。真陽留はもう何を言えばいいのかわからず顔を青くし、カクリから徐々に離れる。明人の隣に立ち、座っている彼を見下ろす。
「おい、今そんな事を言っている場合じゃ──」
「カクリ、お前は何も出来ねぇ餓鬼のままで終わる気か? レーツェルとやらがお前に期待していたはずだが──どうやら期待はずれだったらしいな」
────ぐっ……グゥゥウウウ
カクリは明人の言葉に微かな動揺を見せた。少しだけかもしれないが声は届いている。それに気付いた明人は、薄く笑みを浮かべつつ、言葉を続けた。
「もし、期待に応えたいならそんな力、自分で何とかしろ。俺達には何も出来ねぇからな」
明人の言葉は、カクリを突き放しているようにも感じるもの。だが、その声は力強く、暖かいものにも感じる。まるで、カクリなら必ず制御できると信じているような口振りだった。
「あとはお前次第だ。せいぜい足掻けよ、カクリ」
────ぐっ……グゥゥゥウウアアアア!!!
その場で縮こまり押さえ込んでいたカクリだったが、すぐに体勢を戻し明人目掛け勢いよく走り出してしまった。真陽留は恐怖などを振り払い、咄嗟に明人の前に立つがそれを素早く避けられ、彼へと牙を剥く。
「まっ──」
顔を恐怖と不安で歪め、真陽留が手を伸ばしカクリの腕を掴もうとしたが、それより先に明人へ飛びついてしまった。鋭い爪を立て、低く苦しむように唸り続ける。だが、それでも明人は慌てることなく、静かに両手を広げた。
胸に飛び込んだカクリは明人の服を掴み、噛みつこうと大きく口を開いた。
「まったく、こういう時だけ餓鬼に戻ってじゃねぇわ」
広げられた両手で、明人はじたばたと暴れているカクリを優しく包み込み、背中を摩ってあげる。それはまるで、子供をあやす親のような姿だった。
カクリは大きく開けた口を閉じる事はせず、肩口で固まる。真陽留はその様子を見て体に入っていた力が自然と抜け、何もせず見続けた。
カクリは明人の肩口を噛む。だが、血は出ていないため、甘噛みだとすぐわかる。まだ唸っており、噛みつくのを諦めそこから抜け出そうともがく。明人の服を力強く掴んでいるその手は、まるで助けを求めているようにも見えた。明人は動揺一つ見せず、カクリの背中をさすり続ける。
「お前はカクリだ。他の誰でもねぇ、ただの餓鬼だ。餓鬼は餓鬼らしく、大人である俺の言う事を聞いておけ」
明人が安心させるような優しい声で言うと、カクリは徐々に落ち着きを取り戻し、爪や牙も元に戻っていく。
掴んでいた服から手を離し、明人の肩に顔を埋める状態で動かなくなってしまった。
その様子を真陽留はおそるおそる近付きながら、目を離さずに警戒心むき出しな顔で見ている。
「大丈夫、なのか?」
爪や牙以外の見た目は変わっていないため、真陽留はいまだ警戒していた。
明人は少し顔を横にずらし、肩を少し動かしカクリの表情を確認する。
「はぁ。お前、そんな顔すんなら最初から暴れてんじゃねぇわ」
「──すまぬ」
カクリの、今にも泣き出しそうな表情を見た明人は、ため息を吐き天井を仰いだ。明人の言葉に、ぐぐもった声でカクリは謝り、彼の肩に顔を埋める。
「謝るんだったら俺の呪いをさっさと解け。マジでもうそろ体がだるくて仕方がねぇわ」
先程のカクリの暴走について気にする様子など見せない明人の軽い言葉に、カクリはゆっくりと体を起こし、小さな声で「分かった」と口にした。
真陽留はそんな二人を見て、羨ましそうな表情を浮かべる。
「俺にも、こんな──」
それ以上言葉が続く事はなく、真陽留は二人に近付きカクリの頭を撫でた。頭に乗っかる温かみのある手に、カクリは驚きすぐ反応が出来ず彼をガン見しながら固まっている。
明人も少し驚きの表情を浮かべたが、直ぐに消え、小さく舌打ちをした。
「な、なな、え」
「はぁ、とりあえず。早く呪いをどうかしろ」
真陽留の行動に、カクリはパクパクと口を動かすだけだったが、明人の言葉でやっと我に帰る事ができ、真陽留と明人を交互に忙しなく見たあと「────はぁ?」と、困惑の声をあげてしまった。
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