「誰だろうなぁ」

 綾音は真っ暗な空間で目を覚ました。

 周りには何も無く、手を伸ばしても何も無い。声を出しても何も返ってこないため、自身の声が響くだけだ。


「何よ、ここ。ちょっと、早く出てきなさいよ!!!」


 喉が切れそうなほど叫ぶが、返ってくる声はない。

 不安になり、彼女は涙を流し始めてしまう。それでも、声を張り上げ周りに人がいないかを確認し続ける。

 走っているのかも分からないが、とりあえず足を必死に動かし前へと進もうとした。


「ちょっと……。なんなのよ!!!」


 泣き叫び、周りを見回していると、彼女の後ろが淡く光り、そこからカクリが姿を現した。

 その姿を確認すると、綾音は走って近付き肩を強く掴む。


「早くここから出しなさいよ!! こんなのを私は望んでいないわ!! あいつにやった事と同じことをしろと言っているの!!!」


 そう言うと、カクリは自身を掴んでいる手に、自分の手を伸ばし、遠慮なく強く握る。

 その時、痛みが走ったらしく彼女は顔を歪ませ、咄嗟に腕を離そうとするが、掴まれてしまっているため逃げることが出来ない。


「いっ!! 何すんのよ!!!」


 掴まれていない方の手で彼女は、カクリを殴ろうと握りこぶしを振り上げるが、その前に彼が口を開いた。


「同じことをしようにも、お主には難しいと思うのだけれどね」


 冷たく言い放たれた言葉に、綾音は振り上げた手を止めてしまう。


「はぁ!? あいつにできて、私にできないなんてありえないから!! ふざけてんじゃないわよ。早くやりなさいよ!!」

「本当にいいのだな?」

「やれって言ってんでしょ!! この糞餓鬼!!!」

「……はぁ。分かった」


 溜息をつき彼は、右手を顔付近まで上げ指を鳴らした。其の瞬間、カクリの姿が闇の中に消えてしまった。


「あ、あの餓鬼、逃げやがった!!」


 消えたカクリを探すため周りを見回すと、いきなり彼女の目の前に明人が現れた。そのため、思わず彼をじっと見続けてしまう。

 明人は暗闇の中に立っているため、表情などを確認することが出来ないが、口元には薄く笑みを浮かべているように見える。


 その異様な雰囲気に、先程まで声を荒らげていた綾音だったが、今は静かに彼を見続けていた。


「同じことをして欲しい。なら、してやるよ。お前の匣を開けてやる」


 そう言うと、明人は彼女に近づこうと歩き出す。だが、逆に綾音は明人から離れるように後ずさる。


「い、いや。こないで……」


 先程まで自分の思い通りにしようと叫び散らしていたが、暗闇と彼の雰囲気を肌で感じとり、徐々に恐怖が体を覆ってしまったらしく涙目になり、顔を歪ませてしまう。


「何故だ? お前が願ったんだろ?」


 そんな彼女の様子など気にせず、構わず近づこうと歩き続ける。


「いや、望んでない。望んでいない!!!」


 恐怖が頂点に達したのか、綾音は明人とは逆方向に走り出した。だが、その様子を楽しげに見続け、彼は暗闇全体に響き渡るほどの笑い声をあげる。


「そうだ、もっと。もっと逃げろ。その恐怖の顔を、俺に見せろ!!」


 明人の声が暗闇の中に響き渡る。

 彼女は声すら聞きたくないらしく、両耳を塞ぎながら涙を零し、必死に走り続けた。


「なんなの、なんなのあいつ!! 人じゃない。人なわけない!! 狂ってる!!」


 明人から逃げながら自身に言い聞かせるように叫び散らす。すると、なぜかいきなり彼女は足を止め、先程より顔を青くする。


「な、んで……。逆方向に走ったはずなのに!!」


 目の前には、明人が余裕そうな表情を浮かべながら立っていた。


「さぁ。なんでだろうなぁ?」


 また彼女に近付こうと、明人はコツ……コツ……と足音を鳴らしながら近付く。さっきまで足音すらしなかったはずなのだが、なぜか明人の足音だけが響く。

 そんな彼から、また逆方向に走り出し、彼女は逃げ始める。


「……鬼ごっこ。もう、同じ展開は飽きたな」


 明人は笑みを消し、つまらないといいだけに口元をへの字に歪ませ、彼女が逃げて行った方向を見る。


「──終わらせるか」


 そう呟き、歩きながら綾音の後ろを着いていった。すると、彼の姿が闇の中へ消え、次に現れた時には、またしても彼女の目の前だった。


「ど、うして……」

「鬼ごっこはもう飽きた。だから、お前の匣を開けてやる」


 右手を伸ばし、彼女の頭を乱暴に掴み自身に引き寄せた。


「いっ!!!」


 髪も引っ張られているため、痛みと恐怖で彼女は涙を流してしまう。頬を濡らし、逃げようと彼の腕を掴みじたばたと暴れるが意味はなく、明人は無理やり顔を上げさせ、目を合わせた。


「さぁ、本当の人形は誰だろうなぁ!」

「ひっ!! いやぁぁぁぁああああ!!!!」


 歪んだ明人の笑みに綾音は叫び、そのまま闇の中へと消えていった。残ったのは、明人の楽しげな笑い声だけだった──



 目を覚ました明人は、地面に倒れている彼女に目を向ける。


「匣を開けたのかい?」

「それがご所望だったからな。だが、こいつの匣は真っ黒だった。匣を取り除いたのと変わらんなぁ」


 綾音を見おろしながら、彼は手に握られている小瓶をテーブルに置いた。

 小瓶の中では、黒い液体がゆらゆらと揺れている。


「まぁ、開けただけだからな。お前の身近な奴が救ってくれるかもしれねぇぞ。それを願っているがいい。俺には、もう関係の無いことだ」


 その声には何も籠っていない。真っ直ぐで平坦な声で彼は言葉を零す。


 その時、小屋のドアがいきなり開き、そこには人間とは思えないほど綺麗な顔立ちの少女が立っていた。そして、その少女の背中には大きな白い羽が生えている。


「初めまして」


 笑顔でそう挨拶する女性の声は高く、透き通るような美声だった。

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