「さぁ、寝ろ」

 真楓佑は去っていった2人を見続けたあと、何も無かったかのように紙を取り、家の中に入ろうとドアに手を伸ばすが、後ろから声をかけられ足を止めた。


「真楓佑ちゃん」

「香澄さん。おかえりなさい」


 後ろには香澄が買い物袋を手にし立っていた。眉を下げ、心配そうに彼女を見ている。


「ただいま。さっきのは──」

「香澄さんは気にしなくていいよ。それより、今までごめんなさい」


 いきなりの謝罪に、香澄は目を丸くし驚いた表情を浮かべる。言葉が出てこないのか「えっ」や「あの」と、なんとか言葉を繋ごうとしていたが、すぐに口を閉じてしまった。


「私、自分が何をしたいのか、どうすればいいのか分からなくて、香澄さんに沢山迷惑をかけてしまった」

「そ、そんなことないわ。私は真楓佑ちゃんが楽しく笑って過ごしてくれればと思っていたの」


「それも私には難しかったみたいだけど」とボソリと呟き、悲しげに眉を下げてしまう。

 真楓佑はそんな香澄に近づき、両手を広げ抱きしめた。


「え、まっ、真楓佑ちゃん?!」

「私、捨てられたんだよね。思い出したの。いや、忘れていた訳じゃない。閉じ込めていたの。それで、きつく当たってしまった。ごめんなさい」


 彼女は、少し涙声でポツポツと話す。それを聞いた香澄は何も言わず、耳を傾け続けた。


「これから私、自分の気持ち抑え込まないようにする。だから、香澄さんも我慢しないで、なんでも言って欲しい。香澄さんは、その……。私の──お母さんだから」


 その言葉に、今まで我慢していたであろう涙が香澄の目から溢れ出るように流れ始める。それにつられたのか、真楓佑の目からも、透明で綺麗な涙が流れ、お互いの肩を濡らす。


「ありがとう、ありがとう真楓佑ちゃん」

「私もだよ。今まで育ててくれてありがとう。あと、これからもよろしく。お母さん」


 2人は家の前で、涙を流しながら抱きしめあった。







 次の日から、真楓佑をいじめていた綾寧と静紅は静かになり、何事もなく過ごすことが出来ていた。

 それに対して、綾寧は不満があるらしく、歯を食いしばり彼女を憎しみの籠った鋭い目で睨んでいた。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ、人形の分際で──」





 小屋の中、明人はなにかに気付いたらしく、ドアの方に目を向けた。


「────ほう」

「どうした明人よ。何か面白いことでもあったかい?」


 本を顔に乗せ寝ていた彼だったが、いきなり笑みを浮かべ始める。その事に怪訝そうな表情を浮かべてたカクリだったが、直ぐに察することが出来たのか、明人につられドアの方に顔を向ける。


「もうないと思っていたが、なるほどな。準備しておくのかい?」

「そうだなぁ。今回はつまらんかったし、次来るやつの匣は、黒いことを祈っておくか」


 楽しげに笑みを浮かべ、体を起こす。


「さて、俺を楽しませてもらおうか」








 林の中を1人の女性が走っていた。

 その人は鼻息が荒く、目を血走らせ、怒りを抑えきれていないような興奮状態だ。


「あいつのせいで私の人生はめちゃくちゃよ!!!」


 そう叫びながら走っているのは、学校で真楓佑をいじめていた綾寧だった。


 綾寧は学校で、真楓佑を見る度バラされるのではと思うらしく、すぐに目を逸らし逃げる日々を送っていた。

 今まで強気で行動していた彼女の豹変ぶりに最初は、クラスメート達も戸惑っていたが、日に日に慣れてきたらしく、今は綾寧と静紅を避けつつ楽しく過ごしている。


 真楓佑は虐められなくなったのと、積極的にクラスメートに話しかけた結果、今では友達と楽しく過ごしており、今では自然な笑みを浮かべていた。

 それに対しても綾寧は許せなかったらしく、今噂になっている小屋がある林の中を、ただひたすらに走っていたのだ。


「許さない許さない。人形のくせに、人形の分際で!!」


 そう叫びながら走っていると、木々ばかりだった景色がいきなり変わり、開けたところに辿り着く。

 そこには古い小屋がポツンと建っており、周りの木々が覆い被さるように立っている。まるで、小屋を隠しているように見え、不気味な雰囲気が漂っている。


「見つけたわ。ここね!!!」


 綾寧はそんな雰囲気など気付かず、狂ったような笑みを浮かべ、勢いよくドアを開く。すると、待ち構えていたように明人は小さな椅子に座り、彼女を見返した。


「来たな。俺の黒い匣が」

「意味わかんない事言ってんじゃないわよ!! それより、ここにクソ底辺な人形が来たはずよ。じゃなかったらあんな変わりようありえない!!」


 ドタドタと明人へ近づきながらそう叫ぶ綾寧だが、それに対して彼は、妖しい笑みを浮かべるばかりで口を開かない。

 その表情により一層苛立ったのか、明人の胸ぐらを掴み甲高い声で怒りを露にした。


「笑ってないで何とか言いなさいよ!! そうやって笑いやがって!! 人形よ!! 花奏真楓佑!! 来たんでしょ!?」


 胸ぐらを掴まれながらも、明人は笑みを消さず余裕そうに錯乱状態の彼女を見返す。そして、静かに口を開き、嫌味ったらしく見上げた。


「人形ねぇ。確かに来たぞ。人形奴な」

「みたいじゃなくて、人形なのよあいつ!! でも、どうしていきなりあんなに変わったのか……。ここに来た以外に理由がわからないわ!! 何をしたのか分からないけど、あいつにしたことと同じことを私にもしなさいよ!!」

「同じこと──でいいのか?」

「いいって言ってんでしょ?! 早くしなさいよ!!」


 明人は先程より口角を上げ、胸ぐらを掴んでいる綾寧の手首を掴む。


「わかった。あいつとをお前にもしてやるよ。後悔すんじゃねぇぞ」


 手首を掴み、身動きを取れない彼女に対し、明人は前髪を避け、五芒星が刻まれている右目を露にした状態で顔を上げた。


「なに、その目──」

「さぁ、寝ろ」


 目が合った瞬間、綾寧は意識失いその場に倒れ込む。

 明人もソファーに座りながら片目を閉じ、意識を失った。

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