「それは、おそらく」

 今は学校の昼休み。

 真楓佑は1人で給食を食べていた。すると、いきなり隣から手が伸びてきて、おかずである肉団子が乗ったお皿が取られてしまう。


「お人形さんは物食べれないのよぉ〜? だから、私が変わりに食べてあげる。感謝してよね」


 隣からお皿を取ったのは、いつも彼女をいじめている1人、西田綾寧にしだあやねだった。


「そう」


 その行動に真楓佑は何も感じないらしく、白米を食べ続ける。その行動にイラついた綾寧は、肉団子の乗ったお皿を手に持ったまま、彼女の机を強く叩いた。


「その反応、ほんとムカつく。人形は人形らしく家で大人しくしてなさいよ。学校は人間様が来るところであって、人形であるあんたが来る所じゃないのよ!!」


 そのように叫ばれた真楓佑は、それでも何も言わずに食べ続けている。

 綾寧は、怒りで顔を赤くし、彼女が食べていた白米を取り上げた。


「ほんとムカつく。その反応も、言葉も、何もかも。あんたの存在がムカつくのよ」


 取り上げた白米は、残り物用に準備している袋に捨て、肉団子は床に落とし「ちゃんと拾って、拭いときなさいよ」と言い残し自分の机に戻って行った。


 真楓佑は、言われた通り雑巾を準備して肉団子の汁で汚れてしまった床を拭き始める。無表情で、何を思っているのか分からない。でも、床を拭いている手には無意識になのか、指先が白くなるほど力が込められている。


「ムカつく──か」


 それだけを呟き、残りの給食を下げ、余った時間は本を読むことに使うことにした。







 学校から帰ると、またしても香澄はドアの前に立っていた。そして、真楓佑に気づくと困ったような笑みを浮かべ、そのまま家の中に入ってしまう。


「なに、これ」


 真楓佑がドアに近づくと、またしてもドアにはセロテープがくっ付いていた。


「またか。なんなのよ」


 少し苛立ちの含んだ声を出し、彼女はそのまま家の中に入った。






 深夜、真楓佑は喉が乾いたらしく、ベットから起き上がり部屋を出て、キッチンに向かい水を飲む。その際、なにかに気づいたのかコップを口から離し、近くに置いてあるゴミ箱を覗き込んだ。


「──ん? 何これ」


 ゴミ箱の中には、正方形の紙がぐちゃぐちゃに丸め込まれ捨てられている。それを彼女は拾い上げ、紙を広げテーブルの上で伸ばす。すると、中に何が書かれていたのか読めるようになった。


『気持ち悪い』『疫病神』『出ていけ』


 この文字の他にも人を貶すような言葉が沢山書かれており、それを見た彼女は、さすがに驚いたのか目を大きく開き、その紙を凝視する。

 震えた手で口元を押え、紙を握りしめる。


「なに、これ」


 紙の角あたりにはセロテープが貼られている。おそらく、ドアに張り付いていたセロテープは、この紙が飛ばされないように貼り付けていた物だろう。

 香澄は慌てていたらしく、勢いよく引っ張ってしまい、ドアに跡が残ってしまったのだろう。


「この文字──見覚えがある」


 文字を見続けていた彼女だったが、なにかに気づいたのか、指で文字をなぞりながら下唇を噛む。

 見覚えのある文字に対し、怒りが込み上げてきたのか親指の爪を噛み、顔を赤くした。まるでその顔は、本気で怒っているようにも見え、復讐の炎が瞳に宿っている。


「私だけじゃなくて、香澄さんにも」


 息を荒くし、真楓佑は持っていた紙を綺麗にたたみ直しポケットに入れる。

 その後、何事も無かったかのように、部屋に戻ってしまった。







 次の日、真楓佑は学校には向かわずに林の中を歩いていた。初めて学校を無断で休んだのだが、今の彼女にはそのようなことなど気にする余裕は無いようで、ただひたすら前だけを見続けていた。その手には、昨日の夜、ゴミ箱から見つけた紙が握りしめられている。


「どうすればいいのか、分からない」


 重い足取りで林の中を進む真楓佑。

 林の中に入って数十分すると、見覚えのある小屋が現れた。


 今回はそのまま歩き続け、戸惑いを見せずドアを開けた。中には、前回と同じく、明人が小さな椅子に座って真楓佑を出迎えている。

 前回と違うところをあげると、今回は明人だけではなく、隣には小学生くらいの美少年が無表情のまま立ってるところだろう。


「お待ちしておりました。さぁ、今回はすぐにソファーへとお願い出来ますか?」


 微笑みながら彼はそう促した。彼女も、今回は直ぐにソファーへと座り、彼を見る。


「では、貴方がここに来た理由を教えて頂けますか? あと、その手に持っている紙についても──」


 明人は真楓佑が握っている紙に目線を送り、そう伝える。


 顔を俯かせ、彼女はゆっくりと紙を広げテーブルに置く。そして、昨日の深夜に見つけた事と、学校のいじめについて。話した。

 この紙をドアに張りつけたのは、真楓佑をいじめている西田綾寧だと思っているのだろう。

 ありのままを話している彼女を、明人は相槌しながら聞き続けていた。






「なるほど。だから人形と言う言葉に反応していたんですね」

「それは特に関係ない。どうすればいい?」

「どうすればとは?」


 真楓佑は話が終わったあと、明人に戸惑いを見せながらそう問いかけた。


「これ、どうすればいいの。学校の壁に貼り付ければいい? それか、先生に伝える? でも、それだと私が悪いみたいに言われるからダメだね。なら、朝早くに校内放送で流せばみんなに伝わるかな。先生には怒られると思うけど。まぁ、それでも──」

「………それでも、なんですか?」


 真楓佑が言葉を途中で切ったため、彼は目線を送り問いかけた。

 その言葉に返答はなく、明人も黙ったまま次の言葉を待ち続ける。


「分かりません。この、なんとも言えない想いは何ですか? ただ、西田さん達を問い詰めるだけでは物足りない。もっと、酷い目に合わせたい。今までやられたことをやり返したい。これは何?」


 自身の胸に手を当て、眉を下げ困惑の表情を浮かべながら明人に目を向けた。


「それは、おそらく『怒り』という感情です」


 明人の冷静な言葉が、この小屋の中に静かに響いた。

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