「私には分かりません」

「そうですか。呼ばれた気がした──と。でしたら、貴方はお持ちということですね。黒く染った匣を」

「何それ。よく分からないのだけれど」


 明人の言葉に、真楓佑は首を傾げる。


「それは失礼しました。では、簡単に説明しましょう」


 そのあと、彼は匣について話し出した。それを真楓佑は無表情のまま、相槌すら打たずにずっと聞いていた。





「──と、簡単に説明しましたが、何か分からないことはありますか?」


 明人は簡単に、『匣』『開ける』について話した。

 それを、彼女は相槌せず聞いていた。内容をしっかり理解したのか、表情からは察することが出来ない。


「とりあえずわかった。でも、その匣って簡単に言えば想いなんでしょ? 私にはないと思うんだけど」


 真楓佑が彼の話を頭の中で整理したあと、不思議そうに問いかける。その言葉を聞き、彼は微笑みを絶やさず答えた。


「いえ、匣がない人間など存在しません。必ず、想いというのは存在します」

「そんなの、他人の貴女には分からないじゃない」

「そうですね。貴方のは私には分かりません」


 本心という言葉に、彼女は反応するように肩をビクッと震えさせる。それを、明人が見逃す訳もなく、そのまま言葉を続けた。


「貴方は自分で押し殺してしまっている想いがあります。その想いに蓋をしてしまい、今では自分で取り出すのは不可能な状態。なので、その想いを取り出すお手伝いをさせて頂いております」


 淡々とした彼の説明に、真楓佑は眉をひそめる。


「このような詐欺はやめておいて方がいいと思う。顔出ししている辺りでリスクがある。今ここで警察に電話してもいいんですよ」


 真楓佑は全く信じていないらしく、ポケットからスマホを取りだし操作を始める。だが、画面を見てすぐ手を止め彼に向き直した。


「呼べるのでしたら、呼んでいただいて構いませんよ。そのスマホを使用できるなら」


 明人の角度からならスマホの画面は見えていないはずなのだが、余裕そうにクスクスと笑いながら、そのようなことを口にした。


 真楓佑の手にしている携帯の右上には、『圏外』という文字が表示されている。

 確かに、ここは林の奥にある建物だ。電波が通っていないのは不思議ではない。


 溜息をつき、彼女は渋々ポケットにスマホを戻した。


「あとは貴方次第です。匣を開けてみませんか?」


 明人は再度そう問いかけた。

 真楓佑は、その問いかけに少し悩んでいるらしく、彼の瞳を見返していた。だが、直ぐに立ち上がりドアの方へと歩き出す。


「スマホが使えないのであれば、この場所をそのまま通報すればいい。捕まるのは貴方よ」

「お好きにどうぞ」


 明人の余裕そうな表情と言葉に、真楓佑は少しイラつき始めたのか、下唇を噛みそのまま外に出てしまった。




 真楓佑が外に出てすぐ、明人は貼り付けていた笑みを消し、いつもの真顔に戻す。

 その後すぐ、奥の部屋からカクリが現れ、彼の隣に座った。


「今回は開けなかったのだな」

「当たり前だわ。あんなの、開けたところでつまらん。それに開けにくい。直ぐに開ける必要も無さそうだしな」


 そう言うと、彼はソファーから立ち上がり奥の部屋へと進んでしまう。

 取り残されたカクリは、その場に座り続け何か考えるように天井を見上げた。


「久しぶりに普通の依頼かと思ったのだが、そう簡単にはいかないようだな」


 そう呟くと、その場から立ち上がり外へと消えてしまった。






 林から出た真楓佑は、真っ直ぐ警察に行こうとしたが、証言しようにも何かされたわけでも証拠がある訳でもない。それに、今回は自らあの小屋へと向かってしまった。

 警察に行ったところで相手にされないだろう。


 そう考えた彼女は、警察に行くのをやめてそのまま家へと向かい始めた。





 家に着くと、香澄がドアの前で何かをしていた。


「何をしているの?」

「あ、おかえりなさい真楓佑ちゃん。ご飯できてるわよ。早く中に入りましょ」


 そう言うと、香澄は何事も無かったかのように家の中へと入ってしまう。

 一体彼女は、ドアの前で何をしていたのか。


 真楓佑はドアに目線を向けると、何かを無理やり剥がしたような跡が残っていた。


「なにこれ。セロテープ?」


 ドアにはちぎれたセロテープが残っている。


「ここになにか貼ってあったの?」


 周りを見回すが、他に変わった様子はない。

 真楓佑は首を傾げながらも、セロテープを剥がしそのまま家の中へと入ってしまった。

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