「私にお任せ下さい」
明人の言葉に、真楓佑は目を見開いた。
「怒り。あぁ、確かに。それは納得できる感情かも。昔も同じだったかもしれない。覚えていないけれど」
顔を俯かせ、自身の
「では、自分の感情に気づいたところで……」
明人は妖しく笑みを浮かべながらゆっくりと口を開き、言葉を繋げた。
「貴方の閉じ込めている他の感情。今ここで、開けてみませんか?」
右手を彼女に差し伸べる。それはまるで、救いの手のようにも感じ、彼女は明人の手と顔を交互に見て考えている。
それから数秒後、差し伸ばされた手に、小さな女性の手が重なる。
「よろしく、お願いします」
「かしこまりました。貴方の匣を開けるお手伝いを全力でさせていただきます」
目線を少し逸らしながら真楓佑はそう呟き、それを明人は、微笑みながら優しく返答する。
「あとは、私にお任せ下さい」
立ち上がりながらそう口にし、真楓佑の右隣の床に膝をつき座る。
真楓佑は明人を見下ろす体勢になり、じっと見ている。
「さぁ、おやすみなさい」
見下ろしている真楓佑と目を合わせるため、明人は赤い瞳をさらけ出し、顔を上げた。
彼女は明人の赤い瞳を見て、驚きで目を見開いたが、すぐに意識が無くなり、目を閉じた。明人の手元には、いつの間にか眠り草が握られている。事前に準備していたのだろう。
意識がなくなり、そのまま明人に倒れてしまったが、それを上手く受け止め、ソファーへと横にした。
「今回はすぐ終わりそうだな」
「そのようだな。だが、少し
カクリは明人に近づき、不安そうに問いかける。
「それはお前次第だわ。せいぜい俺の負担が減るように頑張るんだな」
そう言うと、真楓佑の頭に手を添え、赤い瞳を開けたまま、意識を夢の中へと送る。
カクリも、子狐の姿になりいつものように真楓佑の記憶の中へと入っていった。
真楓佑は真っ暗な空間で目を覚ました。
周りは何も無く、床や壁。天井もなければ、外でもないため太陽や月なども無い。
本当に〈無〉の空間に1人、立たされていた。
無表情のまま、彼女は周りを見回している。すると、目の端にカクリの姿が映ったらしく、そちらに顔を向けた。
「貴方、そのような姿だったかしら」
カクリの頭とお尻には、狐の耳と尻尾が生えていた。その姿を確認しても、真楓佑は冷静を保ったまま見続けている。
「私の姿など今は関係の無いこと。それより、君は匣を開けることに集中した方が良い。今のままでは少し難しいのだ」
「どうして?」
「君が自分の感情を表に出そうとしないからだ。それでは開けるのは難しい」
カクリの言葉に、真楓佑は何も反応を見せず、淡々と会話を交わす。
「感情なんて物は無いわ。それに、今回もどうすればいいのか分からなくなっただけ。怒りの感情も。抑え込もうと思っている訳では無いの」
その言葉を聞き、カクリは複雑そうな表情を浮かべる。何かを考えるように顔を俯かせ、ため息を吐く。
「なら仕方がない。無理やりにでも感情を出してもらおうか」
カクリがそう言うと、「パチン」と指を鳴らした。すると、周りの風景が変わり、どこかの家の中が映された。
「これはどこ?」
「見ていればわかると思うよ」
言われた通り、彼女はそのまま周りに映し出された光景を眺めていると、家の中には、優しそうな女性と厳しそうな男性が、小学生くらいの子供と楽しく話している映像が映り始めた。みんな笑いあっており、仲が良い家族だ。
「これは、昔の私?」
「そうだ。まだ記憶の片隅にあるだろう。小さい頃の記憶だ」
目が離せないらしく、真楓佑はじっと見続けていた。すると、映像がいきなり切り替わり、次は女性と男性が険しそうな顔で話し合っている姿が写し出される。
『ねぇ、もう私、疲れちゃった。だから、もうそろそろいいでしょ? 私達は頑張ったと思うの』
『そうだな。あいつもあともう少しで中学生だ。なんとかなる』
テーブルを挟み、女性と男性は深刻そうに話している。頭を抱えている女性の近くには、薬のゴミが何個も置いてあった。
『私はもう限界よ。やっぱり私達には無理だったのよ。だから、もういらない。あんな、なんの才能もない子なんて、私達の子じゃないわ』
『あぁ』
2人の会話に、真楓佑は取り乱すことなどせず、無表情のまま耳を傾けている。
『明日にでも────』
女性の言葉を最後に、映像は消え、元の黒い空間へと戻る。
「これが君の過去。君はこの時、トイレか何かで目が覚めた。リビングへ行くと、両親がそのような話をしていた。君はこの時、何を思っていたんだい?」
カクリの言葉に返答はなく、真楓佑は頭を下げてしまっている。
そこから沈黙が続いていたが、彼女が静かに口を開いた。
「どうして、わざわざ思い出させたの。せっかく、忘れていたのに」
「どうして忘れようとしたんだい?」
「…………分からない。分からないけど、思い出したくなかった。忘れていたかった。これは、私が1人になった、記憶だから」
涙を流している訳では無い。だか、今にも泣き出しそうな表情を少し上げ、カクリの方を見る。目が揺らぎ、迷っている様子だ。
「そうかい。やはり、君は人形ではないね」
少し安心したような表情をカクリは浮かべ、彼女を見返した。
「なんで?」
「思い出したくない。そう思うという事は、君は辛い、悲しいと思っている事じゃないのかい? それを感情と言うのではないかい?」
カクリの言葉に、真楓佑は何かを感じたのか胸に手を当て、揺らぐ瞳を大きく開いた。
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