「なんでもない」
真楓佑は学校が終わり、帰宅していた。
水道水をかけられてしまったらしく、制服が濡れてしまっていたのだが、今日は体育がなかったためジャージは持ってきていない。
そのため、濡れた制服で帰宅していた。
外は凍えるほどではないが、冷たい風が吹いている。冬が近づいているため、気温が日に日に下がっていた。
その低い気温の中、真楓佑は顔色1つ変えずに濡れた制服のまま家に向かっている。しかし、さすがに体は冷えているらしく、腕を摩ったり、くしゃみをこぼしていた。
「……………どうでもいいか」
そう呟き、家へと辿り着く。鍵を開け中に入ると、中から優しそうな女性が姿を現した。
30代くらいの女性で、上は橙色のセーターに、下はロングスカートを履いている。そして、家事をしていたらしく白いシンプルなエプロンを身に付けていた。
「あら、真楓佑ちゃん。濡れているじゃない。早くお風呂に──」
そう言うが、女性の言葉には一切耳を貸さずに自身の部屋へと戻ってしまう。
その様子を、心配そうに眉を下げ女性は後ろから見続けていた。
「────まだ、忘れられないのね。当たり前だわ。まだ、貴方を引き取ってから数ヶ月しか経っていないものね」
そう呟く女性は、胸に手を当てた。そして、悲しげな表情を部屋に向けたあと、何も言わずにリビングへと戻ってしまった。
部屋に戻った真楓佑は鞄を机に置き、上着とカーディガンを脱いだ。
「今日は、寒かったな」
そう呟くと、机の横にあるタンスから下着やパジャマを取り出す。
真楓佑の部屋には沢山の本棚があった。その中には辞書や教科書。参考書などが入っている。
いや、それしか入っていなかった。
部屋の中を見回してみると、勉強道具以外は必要最低限の物しかない。
ゲーム機や漫画本。雑誌や化粧品などはなく、女子中学生らしさをまったく感じさせない部屋だった。
そんな部屋から出た彼女は、真っ直ぐにお風呂に向かった。
次の日は学校が休みだったため、部屋の中で勉強をしていた。すると、下から女性の声が聞こえていたのだが、真楓佑は聞こえていないらしく勉強を続けていた。
それから数秒後、ドアがノックされたため、真楓佑は顔をゆっくりと上げた。
「なに?」
「真楓佑ちゃん。これからお買い物行くのだけれど、真楓佑ちゃんも一緒に来てくれないかしら。重たい物を買いたいの」
ドアの外にいたのは、昨日真楓佑が帰ってきた時1番に迎え出た女性だった。
「わかった。少し待っててください、
女性の名前は花奏香澄。真楓佑の従兄弟だ。
真楓佑の両親は、彼女が中学に上がった瞬間蒸発してしまった。
家に取り残された彼女を、花奏夫婦が引き取り一緒に生活をしている。
紺色のセーターに黒いズボンを履き、上にコートを羽織りら香澄の所へと向かう。
香澄は玄関に座って彼女が来るのを待っていた。
こちらもコートを着ており、下はロングスカートを履いていた。
「お待たせ」
「あらあら。もっと可愛い格好してもいいのよ。真楓佑ちゃんは元も可愛いのだから」
そう言う香澄の隣で靴を履き、なんの反応もせずそのまま玄関を出て行く。それを、彼女は少し寂しげな表情で見て、真楓佑を追いかけるように玄関を出た。
香澄と真楓佑で商店街を歩いていると、高校生達が大きな声で話していた。
2人はその学生達の隣を、何事も無かったかのように通り過ぎようと歩いている。だが、真楓佑はいきなりその場で足を止めてしまう。
「真楓佑ちゃん?」
真楓佑がその場に立ち止まった理由は、おそらく学生達がある噂の話をしていたからだろう。
「ねぇ、3年生の佐々木って人いるでしょ? あの、ちょーウザイ人」
「あぁ、世界は自分中心で回ってると勘違いしている女? それがどうしたの?」
「先生達の話が少し聞こえちゃったんだけどね、佐々木先輩、行方不明だったでしょ?」
「そうだね。確か両親が警察に相談しに行ったんだって?」
「そうなの。それでね、佐々木先輩は見つかったらしいんだけど」
「だけど?」
「見つかった佐々木先輩は、なぜか動かなく、目もどこを見ているのか分からない状態らしいよ。今は病院で検査しているみたいだけど、原因不明なんだって。それで、この症状ってさ、確実に行ったでしょ。あの噂」
「あの噂? あぁ、どんなに固く閉じられたハコでも開けてくれるってやつ? 確か失敗したら
「そうそう。それで、その噂を私はこう考えたの。そのハコって、実はパンドラの箱で、その中には災いが入っており、ハコを開けてしまった人の魂を奪い取る───みたいな!!! どう?」
「どう? って言われても。大体パンドラの箱を開けたくて、なんでわざわざ林の奥にある小屋まで行くのよ。私なら開けたくないわ」
「あぁ、確かにそうか」
高校生達はそんな会話をしたあと、時間を確認してその場を後にした。
真楓佑はその場で立ち止まっていたが、高校生達が居なくなったのと同時にまた歩き出した。
「どうしたの真楓佑ちゃん。具合悪い?」
「なんでもない」
それだけを口にし、真楓佑は何事も無かったように歩き出す。
香澄は首を傾げていたが、真楓佑が何も話さないため、これ以上追求しようとはせず、なんの会話もないまま2人の買い物は終わってしまった。
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