「どうでもいいわね」

 学校の教室では、クラスメートが皆楽しく様々な話をしていた。他にも、ノートに落書きをしたり、ゲームで遊んでいる人もいる。


 そんな楽しそうなクラス内の中でも、1人だけ。顔を下げ1人で本を読んでいる人がいた。

 その人の名前は花奏真楓佑かなでまゆふ

 黒い髪を右の耳下で緩く結び、丸いメガネをかけていた。服は学校指定のセーラー服を規定通りに着用している。

 今日は少し冷えるため、紺色のカーディガンを身に付けていた。


 1人で本を読んでいた真楓佑を見て、楽しげにクスクスと笑いながら近づいていく女性2人。その2人の手には、牛乳パックが握られていた。


「花奏さん。おはよー」


 ──────バシャ


「────またですか。西田にしださんに樹里きりさん」


 真楓佑は、眼鏡を外し2人の名前を呼びながら冷静に顔を上げた。その顔は白くなっており、髪も服も濡れている。


 頭に、大量の牛乳をかけられたのだ。


「あら、ごめんね花奏さん。お昼の牛乳が余っちゃってさ。代わりに飲んでくれなぁい?」


 そう口にしたのは、真楓佑に牛乳をかけた1人。西田綾寧にしだあやね

 明るい茶髪を上の方で1つに結び、ベージュ色のカーディガンを着ていた。スカートは太ももあたりですごく短い。


「くっさぁ。早くその匂いどうにかしてくんない? 汚いんだけどぉ〜」


 綾寧の後に声を出したのは、樹里静紅きりしずく

 腰まで長い黒髪を靡かせ、こちらはピンクのカーディガンをを羽織っていた。スカートは綾寧と同じく短い。


「貴方達がかけたからこうなっているんだけど。まぁ、どうでもいいや」


 真楓佑はそれだけを口にして教室を出て行った。

 周りの人はその光景を見ているだけで、何もしようとしない。もし手助けをして、自分に矢先を向けられたらと考えているのだろう。


 彼女に牛乳をかけた2人は、牛乳パックを握りつぶしたり、床にたたきつけ怒りをぶつけていた。


「なにあの反応。めっちゃムカつく」

「気持ちわるぅい。感情も何も無いただののくせに」


 2人はそう怒りを露にし、牛乳で汚れた真楓佑の席をそのままに、自分の席に戻った。






 教室を出た真楓佑は、真っ直ぐトイレに向かった。

 中に入り、鏡の前に立ち蛇口をひねり、濡れたスカートから取り出したハンカチで、静かに顔や髪を拭き始める。

 制服は濡れてしまったため、このままでは授業に出ることは出来ない。


「着替えるしかないか」


 今日はたまたま体育があったため、ジャージを持っていた。

 真楓佑は制服を拭くのを諦め、髪ゴムを取り水道水で髪を洗い始めた。

 長いため上手く洗うことが出来ていないが、それでも最初よりはマシになった。


「…………どうでもいいわね」


 自身の濡れた髪と服を見て、彼女は小さくそう呟く。そして、ハンカチを水で洗い牛乳を落としたあと、自身の髪に付いた水滴を少し拭いた。


 まだ濡れているが雫が落ちることはなくなったため、そのままトイレを出て行き更衣室へと向かう。

 その時の表情は【無】そのものだった。何も感じていないようで、怒りや憎しみなども感じず、逆に喜びなどの感情ももちろん感じられない。

 まるで、真楓佑自身がのようだった。







 次の日、真楓佑は登校し教室に入る。いつも通り席に座ろうと窓側へと向かったが、あるはずの真楓佑の椅子と机が無くなっていた。


「これ、何度目」


 そう呟きながら周りを見回すと、後ろにある掃除用ロッカーの近くに、机と椅子が投げ出されていた。


 溜息をつきながら彼女は、鞄を床に置き、自身の机と椅子を元の場所に戻した。

 その机には『馬鹿』『約立たず』『消えろ』などと、暴言が様々書いてある。


 机を戻している彼女の様子を見ていた綾寧と静紅は、クスクスと笑いあっていた。

 その2人以外のクラスメートは、知らないフリを決め込んでいる。関わりたくないのだろう。


 真楓佑はいつもの事らしく、表情1つ変えずに淡々と机などを直している。

 それが気に入らなかったのか、先程まで笑っていた綾音と静紅は口をへの字にし、立ち上がった。


「ちょっと花奏さん。なに戻してんの? せっかく、私達が貴方に最適な場所へと机を移動してあげたって言うのに。戻そうとするなんてありえなく無い? 信じられないんですけど?」


 そう言うと、綾寧は彼女が直した机を蹴り倒した。それを、真楓佑は黙って見ており、なんの反応もせず再度、机を直そうと手を伸ばす。


 その手を、今度は静紅が掴み床へと押し付けた。抗うことなく床へと倒れ込んでしまった彼女は、痛みなど感じなかったのか、表情1つ変えない。

 彼女が立ち上がろうとする前に、静江が立ち上がりその手をグリグリと踏みつける。


「人形さんに机とかいらないでしょ? 分不相応なことするのやめてもらえる?」

「ちょっと静紅。それやりすぎぃ〜」


 止めているような言葉だが、完全に笑っているため止める気なんてサラサラないのだろう。

 真楓佑は、踏みつけられている手を見ているだけで、その体勢から動こうとしない。


 踏みつけられているため、手には痛みがあるはずだが、それすら感じさせない。本当に感情というものをどこかに置いてきてしまったように態度に、周りの人達も目を背けてしまう。


 その時、朝礼を開始するチャイムが鳴ったため、綾寧と静紅は「先生にチクったら許さないわよ」と言い残し、自身の席へと戻った。それと同時に、先生が教室に入ってくる。


 真楓佑の席を見て「またか」みたいな顔を浮かべたが、見て見ぬふりをし、そのままHRを始めた。

 それもいつも通りなため、真楓佑も黙って机を戻し席に座る。


 この教室には真楓佑の味方は、誰もいなかった──

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