「元の生活に戻りたいのなら」

 照史が記憶保管部屋で悪戯を初めてから数十分後。

 疲れてしまったらしく、少年は玩具の電池が切れてしまったみたいに静かになり、そのまま床に寝っ転がり寝てしまった。


「こっっっっっの糞ガキ」

「はぁ。まさか、このような事態になるなど……。こうなるのなら、まだ魔蛭とやらの相手していた方が何倍もマシだったやもしれぬぞ……」

「どっちも嫌だわざけんな」


 2人は記憶保管部屋から出ることが出来ず、何とか照史の暴走を止めていた。

 それを遊びと勘違いした照史は「鬼ごっこ!!」と叫びながら、狭い室内を思いっきり走り回ったのだ。

 それを見て明人とカクリは手に負えず、とりあえず小瓶が割れないように注意しながら慎重に相手し、時を経つのを待っていた。


 最初に落とされていた小瓶は、カクリの魔法が施させれているのと、1番下の棚にあったため割れずに済み、今はそれを戻す作業をゆっくりとしている。


「子供とは、無邪気だな……」

「無邪気じゃなくて無邪鬼だろ。巫山戯るな。こいつの親は何をしてんだよ……」

「ひとまず、毛布などをかけてやらんと風邪をひいてしまう」

「ちっ」


 明人は流れている汗を拭い、隣の部屋へと移動してタオルケットを持ってきた。それを、小さく畳み照史へとかけてあげる。

 照史は少し体をよじったが、すぐにタオルケットを握り深い眠りについた。


「餓鬼が。気持ちよさそうに寝やがって」

「よかろう。子供なのだから」

「お前もな」

「むっ。私は明人より長く生きておる。妖の中ではまだ子供と言うだけだ」

「へいへい」


 2人はその後、部屋の片付けをの続きをし、記憶保管部屋から照史を連れ出し、ソファーへと寝かせた。

 そのあとに、もう入られないようにガムテープで固定する。


「結局どうするつもりなのだ」

「んー……」


 明人に声をかけると、いつの間にか携帯を片手にいじっていた。


「何をしている」

「娯楽を楽しんでんだわ、邪魔してんじゃねぇよ」

「今することではないだろう。それに、普段は必要最低限でしか使用しないではないか」


 カクリの言葉に返答はなく、彼は無表情で照史が寝ている横で携帯をいじる。

 何を言っても無駄だと悟ったのか、カクリは木の椅子に座り、いつものように本を読み始めた。





 照史は数時間眠り続けため、目を覚ました時には夜になってしまい、明人も夜に子供を外に連れ出すのは得策ではないと考えたらしく、今日はここに泊まらせるという話でまとまった。


「俺、誘拐犯にならねぇよな?」

「もう諦めるしかないだろう……」


 2人は深い溜息をつき、ソファーに並んで座る。

 照史は夜ご飯に明人がお粥を作ってあげたため、それを喜んで食べている。

 箸では食べれないため、スプーンを使って食べていた。

 よほど美味しいのか、口の周りや茶碗の周りに落ちてしまっている米粒など気にせず、次から次へと口の中にお粥を放り込んでいる。


「慌てて食べてんじゃねぇわ。こぼしたらお米の神様に怒られるぞ」


 照史の頬に付いたご飯粒を指で取りながら、軽く注意する。だが、よくわからないようで口をもぐもぐと動かしながら首を傾げていた。


「ところで明人よ」

「あい!!!!」

「………お主ではない」


 名前が同じなため、普段から名前で呼んでいるカクリはいつもの癖で呼んでしまう。そのため、必ず明人ではなく照史が返事をしてしまっていた。


「んで、なんだよ」


 この流れを何度も見せられた明人は、最初こそ笑っていたが、飽きてきたらしく軽く流すようになった。


「明日は連れていくのだろう? 警察に」

「その予定だが、こいつ次第だな」


 ソファーから床に座り直し、テーブルに肘をつきながら彼はそう返答した。

 照史を見る目は優しく、それでいて少し悲しげに見える。


「こいつが元の生活に戻りたいのなら戻らせるさ。だが、そうじゃなかったら──」

「そうじゃなかったら?」

「────いや、なんでもねぇ」


 明人がそう言うと同時に、元気いっぱいな声が小屋の中に響いた。


「ごちそうさまでした!!」

「へいへい。おそまつさん」


「よいっしょ」と立ち上がり、彼は茶碗などを片付けようと手を伸ばした。だが、その手は茶碗を握ると動かなくなってしまう。


「どうした。もしかして足りねぇとかか? 俺と同じ量の飯を使ったんだぞ。少しは遠慮しろよ」

「お主が食べなさすぎなのだろう……」


 カクリの呆れ声なんて気にせず、明人は自身の手を見た。

 小さな両手で彼の大きな手を掴んでいる。まるで、ここから移動させないように。


「……お兄ちゃん、どこ行くの」

「皿を片付けるんだよ」

「すぐに戻ってくる?」

「………ちっ、戻ってくるから。おら、さっさと離せ」


 照史はその言葉を耳にし、ゆっくりと手を離した。だが、納得した表情はしておらず、今にも泣きそうな顔を浮かべている。


「はぁ、おい。この後、風呂入るぞ」

「おふろ?」

「あぁ。汚ぇ体を綺麗に洗ってやるわ。分かったら来い」

「あ、待ってよお兄ちゃん!!」


 慌てて立ち上がり、明人の後ろを着いて行く。それをカクリは後ろでじっと見ていた。


「天才様。確かにそうかもしれぬな」


 カクリはそう口にすると、今日の疲れがどっときたらしく、そのままソファーに横になり寝てしまった。

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