「余計なことを」

 隆也が誠也の腕を掴み、そのまま家へと向かっていた。

 人通りの少ない道なため、2人は周りを気にせずそのまま下校している。


「誠也。今日は何をしようか。ゲーム? それとも本を読もうか。いや、まずはご飯かな」

「隆也、お前は何がしたいんだよ……」


 隆也の楽しげな声への返答は、冷ややかな声色と言葉だった。

 誠也は引っ張られるがまま歩き、俯きながらそう問いかける。


「何がしたい? 決まってるじゃん。俺は誠也と一緒に楽しいことをしたいんだよ」


 その場に立ち止まり、隆也は後ろを振り向きそう返す。その目には光がなく、視界に何を映しているのか分からない。


「誠也は俺の事嫌い?」


 その質問に、誠也はすぐに答えることが出来なかった。

 無表情で、どのような感情が込められているのか分からない目を、隆也に向けていた。


「俺は誠也が好きなんだよ。だから、俺は行動を起こしたんだ。君が、俺のモノになるように」

「俺が、お前の物に?」

「そう。さぁ、こんな話をしている暇ないよ誠也。早く家に帰って2人で遊ぼうよ」


 そう口にし、隆也はまた誠也の腕を引っ張り家へと辿り着いた。





「ただいま」

「………ただいま」


 2人がそう口にしながら家の中に入るが、その言葉に返答はない。

 両親は共働きで家を空けることが多い。そのため、2人は夜ご飯やお風呂の準備は一緒に行っていた。だが、家のことは今、隆也が全てやっている。


 誠也には、何もさせていない。


「誠也はそこに座ってて。今日も俺がやっておくから」

「……」


 玄関からリビングへと向かう2人。

 リビングは対面キッチンになっており、真ん中には大きめなテーブル、右の方に目を向けると壁側にテレビ、その向かいにはソファーが置いてあった。


 隆也は誠也をソファーへ座らせ、キッチンへと向かう。


「今日は何を食べようかな。冷蔵庫に──」


 冷蔵庫の中を漁っていると、誠也は彼に気付かれないように立ち上がりリビングを出た。そして、2階に上がり1つのドアの前で立ち止まる。


「………どこで、あいつはこうなった」


 先程まで無表情だったが、今は恐怖の表情を浮かべてながらドアを見つめていた。

 息を飲み、目の前のドアを開けようと手を伸ばす。


 ガチャっと音を鳴らし、ドアは開かれた。

 普通なら陽光が廊下まで届くはずなのだが、部屋の窓はカーテンが閉じられており真っ暗だった。

 中に入りカーテンを開けようとすると、壁側に様々な紙が貼られていることに気づき、誠也は開ける前に壁へと近づいた。

 

「な、んだよこれ……」


 壁に貼られていたのは、誠也が写されている写真だけだった。床を見ると、そこにも同じような写真がばらまかれており、誠也は思わず足を避ける。


 その写真の角度からして、これは隠し撮られたものだとわかる。


「隆也。なんで──」

「俺の部屋でなにしてんの。誠也」

「うおっ!! おっ、おまえ、いきなり……」


 誠也の後ろには、いつの間にか怪しい笑みを浮かべた隆也が立っていた。だが、様子がおかしい。

 目は焦点があっていなく、口元に浮かんでいる笑みも不気味に見え、誠也は思わず後ずさる。


「酷いじゃないか。勝手に俺の部屋に入るなんて。でも、その様子じゃ……。気付いてたんだね」


 隆也の手には、なぜか包丁が握られていた。


「き、づかない方がおかしいだろ。お前、なんでこんなことすんだよ……。下駄箱の手紙も教室の写真も……。全部お前なんだろう!? なんで──」


 誠也は隆也から距離をとりながらそう叫んだ。

 恐怖、怒り、憎悪。そのような感情が込められた叫び声だったが、今の隆也にはまったく聞こえていないらしく、表情1つ変えずに淡々と答えた。


「誠也がわるいんだよ。それに、俺は今までずっと我慢してきた。我慢して我慢して……。君への想いに蓋をしたんだ。でも、もう。俺は自由になったんだよ」


 胸に手を当て、顔を赤くしながらそう口にした。歪な笑みのまま、ゆっくりと誠也の方へと近づく。


 誠也は逃げようとずるずると後ろに下がり、そして、とうとう背中に壁が当たってしまった。


「くそっ──」


 一瞬後ろに目線を逸らした誠也だったが、すぐに彼の方へと顔を戻すと、いつの間にか包丁は振り上げられていた。

 刃が誠也の方を向いており、このまま振り落とされてしまえば怪我だけでは済まないだろう。


「やめっ──」


 勢いよく誠也に向けて包丁が振り下ろされる。直ぐに避けることが出来ず、目を強くつぶり衝撃に構えた。その時、どこからか狐の鳴き声が聞こえ、目を開けた。


 コーーーーン


「うわっ!?」


 狐の鳴き声が聞こえたのと同時に、隆也の持っていた包丁はなにかによって弾き飛ばされ床に落ち、彼もバランスを崩してしまい、その場にしりもちをついてしまった。


「えっ、なにが……」


 いきなりのことに、誠也は転んでしまった隆也を見続ける。そこにはなぜか、子狐が隆也の隣に座っていた。


「なん、で……」


 困惑の表情を浮かべその場から動けない誠也と、しりもちをついたまま動かない隆也。


 そこに、1人の男性がドアから姿を現した。


「おい……。なんだこの状況。俺を利用するのはいいが、それで殺人とか犯そうとしてんじゃねぇわ。俺が先に殺してやろうか」

「明人よ。表情が冗談になっていない。やめておけ」


 部屋の出入口には、苦虫を潰したような表情を浮かべた明人が、中に居る2人を軽蔑したような瞳で見下ろしていた。


「だ、だれ? つーか、不法侵入……」

「んな事言ってる場合かよ。お前、今殺されかけてただろうが。カクリが居なかったら今頃ここはお葬式場になってたところだ。あ、その方が良かったんなら今からでも遅くねぇよ。自殺すれば早い。俺を巻き込まなければどうなってもいいからな」


 明人のその言葉に、誠也は理解出来ていないらしくなんの反応もできていない。


 そんな彼の登場や言葉を全く気にせず、隆也は包丁を再度に手に持ち、立ち上がる。


「筺鍵さん。余計なことをしないでください」


 その声には怒りが含まれており、青く黒ずんでいる瞳で、明人を見上げていた。

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