「どうなるだろうな」
明人は部屋にゆっくり入り、隆也の前に移動した。それを見て、彼は警戒しながら包丁の刃先を向ける。
「余計な事だと? それはお前の行動だろ。今のお前の行動は全て余計な事だ。無駄なんだよ、諦めろ」
「これ以上近づいたら、俺はどうするか分かりませんよ」
さすがに動揺しているのか、額から汗を流しながら後ろへと後ずさっている。
何も持っていないはずの明人に対し、隆也は何かを感じとっているのか、包丁を持っている手が微かに震えている。
「ほう。どうなるのか分からないか。なら、新しい発見でもしてみればいいだろ。やってみろ。どうなっちまうんだ?」
楽しんでいるのか、彼はズボンのポケットに手を入れ、余裕そうな笑みを浮かべながら少しずつ追い込んでいく。
誠也は隆也から距離をとるため、何とか立ち上がりドアの方へと移動した。
「お前の匣は真っ黒になっちまった。まさか、匣を開けたことにより、より一層黒くしちまうなんてな。まぁ、俺には関係ねぇけど。逆に好都合だ」
明人は隆也を壁まで追い込み、顔を近づかせそう口にした。
「さぁ、こんなに黒くなった匣は、いただかないわけにはいかねぇな。それは、俺が貰う」
ポケットの中に入れていた右手を出し、隆也へと伸ばした。それにより、恐怖を感じたのか隆也は叫びながら適当に包丁を振り回す。
「来るなぁぁぁぁぁあああ!!!」
「馬鹿なことっ──」
明人は顔を引き包丁を避けようとしたが、何故かいきなり顔を歪ませ、体を硬直させる。
「っ、明人!!!」
適当に振り回された包丁は、明人の額を掠めてしまう。それにより、右目を隠していた前髪が切れてしまい、五芒星が露になってしまった。
少し額が切れてしまったらしく、血がポタポタと流れ出ている。それを軽く手で抑えながら、明人は彼を見据えた。
「………ちょうどいい。このまま、お前の匣をいただくぞ!」
明人は体を少し後ろへ逸らした際に顔をゆがめてしまった。だが、なんとか体勢を立て直し、隆也の肩に手を置き、動きを封じる。
「さぁ、楽しめ。永遠の闇を」
顔を上げた明人と隆也は、自然と目を合わせた。すると、2人は同時に膝をつき、目を閉じた。
カクリは明人の様子を確認したあと、誠也の方に目線を移す。
「君は少し待っていると良い。あともう少しでわかる」
「わかるって、なにが……」
「今回の依頼人である、武田隆也の想いだ」
そう口にし、カクリも明人の横で目を閉じた。
「想い──って」
何が起きたのか分からない誠也は、力が抜けたらしくその場で崩れ落ちてしまう。
嵐が去ったとは思えないこの状況に、何も出来ず、ただただ時間が進むのを待つしかできなかった。
隆也は今、何も見えない真っ暗闇に立たされていた。
目印など一切なく、音すら聞こえない。本当の暗闇の中に1人で投げ出された彼だったが、取り乱すことはなく、冷静に周りを見回している。
「ここ……。前回匣を開けてもらった時と似てる。でも、なんでここまで暗いんだ……」
持っていたはずの包丁は無くなり、何も無い状態。その際に手を見たが、自身が淡く光っているらしく、しっかりと手のひらを見ることが出来た。
「包丁がない……。なぁ、カクリさん。前回は俺の匣を開けてくれる時、貴方一緒にいましたよね。今回はどこにいるんですか?」
冷静に周りを見回しながら、隆也は何も無い空間に向かって話しかけた。だが、その問いに返ってくる言葉はない。
「おかしいな。ここは前回と違うのか? おい、誰かいないのか!! 返事をしてくれ!」
さすがに少し焦ってきたのか、彼は慌てたように走りだしそう叫ぶ。だが、走っていても周りが同じ景色なため前に進んでいるのか分からない上に、人の気配が全く感じないため、恐怖心は徐々に強くなっていく。
「おい、誰か返事をしてくれよ!!」
暗闇の中に隆也の叫び声が響き渡る。その思いに反して、周りには彼の言葉しか響いていない。
その場に立ち止まり、恐怖の色を滲ませる。
「まさか、本当に誰も居ないのか?」
自分で口にしてしまった言葉に身体を震わせる。その時、自分以外の言葉が何も無い空間に響き、彼は顔を上げた。
『匣を開けたことにより、お前の想いは黒くなった。お前の心にあるのは恋心か? 素直になれば、このようなことにならなかったものを』
「何が言いたい!!!」
明人の煽るような言葉に、恐怖よりも怒りが勝ったのか、隆也は顔を赤くし何も無い空間に叫んだ。
『お前の中にある黒い匣──頂くぞ』
その声が響き渡った時、隆也の目の前に突如として明人が現れた。
人を陥れ、楽しんでいるような歪んだ笑みを浮かべ、右手を隆也の心臓辺りに添える。
「ひっ!?」
『さぁ、お前は今後、どうなるだろうな』
恐怖と困惑の声に、楽しげな声が重なった────
「隆也……。大丈夫だよ──な?」
部屋の中。隆也と明人が倒れてからその場から動けず、ずっと座り待っていた誠也は、心配そうに口を開いた。
2人が倒れてから10分以上は経過している。カクリは先に目を覚ましており、明人の近くで2人が目を開けるのを待っていた。すると、明人がゆっくりと体を起こした。
「起きたか」
「あぁ。体いてぇ。たくっ、布団とか準備しとけよ」
腰を支え、立ち膝の体勢から明人は立ち上がり伸びをする。その光景を見て、誠也は勢いよく彼へと近付き問いかける。
「あの、隆也はどうなったんですか?」
眉を下げ、心配そうに隆也を見ながら質問を彼へとぶつけた。その問いには簡潔な言葉が返ってきた。
「死んだと考えた方が早いな」
「なっ?! それは、あんたが殺したのか?! なんで!!」
明人の言葉に誠也は驚きや困惑。怒りといった、なんとも言えない表情を浮かべ叫び散らした。
それを、他人事のように聞き流している彼は、体がまだ痛むらしく、腰を摩ったり肩を叩いたりしている。
誠也の言葉など全く耳に入っていないのだろう。
「おい!! ふざけるな!!!」
彼の態度に感情が高まり、怒りのまま誠也は明人を殴ろうと拳を握った。
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