「この生活も」

 記憶保管部屋に向かった明人とカクリは、静かにドアを開けた。

 部屋の中は、いつ見ても幻想的で、小瓶1つ1つが光り輝いている。


「さてと、やるか」


 部屋の中へと足を踏み入れ、記憶の入った小瓶を手に取る。


「カクリは陣を描け」

「りょうかっ──」


 カクリが明人の言葉に返事をしようとした時、なぜか言葉が最後まで続かず止まってしまった。それに対し彼は、不思議に思ったのか顔を向ける。


「おい、どうした」

「タイミング悪く、依頼人が来たようだ」

「あぁ? ちっ。無視するわけにもいかねぇか」


 面倒くさそうに、先程より深く眉間に皺を寄せ小瓶を棚に戻した。


「明人」

「なんだ」

「お主は、どこまでの記憶がある?」


 カクリの唐突な質問に、明人は首を傾げている。意図が全く分からないのだろう。


「………何が言いたい」

「私の記憶は所々ない。おそらく、レーツェル様が何かしたのだと考えている」


 カクリは腕を組み、考えながら発言していた。


「お前も記憶ねぇのかよ」

「いや、最近までは全く気が付かなかった。だが、何となく思ったのだ。明人に力を分けた。だが、その時の記憶がないような気がする。ただ、忘れた訳では無い気が……。違和感と言うべきか」

「まっ、今はどうでもいいわ。お前の記憶より俺の記憶だ」

「貴様………」


 そう口にしながら、依頼人を出迎えるため保管部屋から出ようとドアを開けた。だが、その場で立ち止まり、後ろを振り返る。


「どうした。明人よ」

「俺がお前と出会って4年。そして、レーツェルという化け狐に会ったのは最近」

「その言い方は辞めるのだ」

「だが俺は、化け狐とは初めて会ったとは思えない。今考えても不自然な点が多々ある」


 カクリの文句など聞こえていないらしく、そのまま淡々と言葉を続けている。


「………カクリにとって、レーツェルは親みたいなもんか?」

「親ではない」

「みたいなもんかと聞いてんだよ。てめぇの耳はロバか馬の耳か? 人の話をしっかり聞いて正しい返答をしろよ」


 カクリは苦笑いを浮かべ、握りこぶしを作っている。そのあと、気持ちを落ち着かせるため1回大きく深呼吸をして、再度彼の質問に答えた。


「私を救ってくれた命の恩人だ」

「なら、問題ねぇか」


 明人は一言そう口にし、今度こそ部屋を出ていった。

 カクリはその場に留まり首を傾げている。彼が言い残した言葉を理解出来ていないのだろう。


「問題ない? それは記憶がなくてもということか。それとも、他に何か理由があるのだろうか。それにしても、言葉が足りないのかわざと伝えなかったのか……。あやつの頭の中を覗いてみたいものだ」


 カクリは深くため息をつき、明人の後ろを着いていく。


「…………私は明人を信じ続けるぞ。それが、私の使命であり、記憶を戻すことが私の願いだ。それに、この生活もなかなか──」


 口元に薄く笑みを浮かべるカクリ。明人はもう依頼人を出迎えているらしく、いつもの優しく丁寧な言葉遣いが聞こえている。


「では、貴方の匣、開けてみませんか?」


 その言葉をカクリは耳にし、安心したような表情でドアに背を向けた。


「必ず記憶を戻し、呪いを解く。明人よ、命を粗末にするでないぞ……」


「心配いらないと思うがな」と最後に付け足し、ドアを開け彼の元へと向かった。

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