「任せろ」

 洞窟の最奥。光が降り注いでいる空間に浮かぶ水色の水晶玉から、低く圧のかかるような声が鳴り響いた。


『やはり、この人間と妖もダメだったか……』


 悲しげな声が鳴り響いた時、洞窟の細道から足音が聞こえてきた。


『──お主か。何用だ』

「久しぶりだなぁ。あの2人は無事儀式を終えたか?」


 洞窟の暗闇から出てきたのは、余裕そうに笑みを浮かべ、斜め上の方に狐の面を付け、右手には煙管を握りしめている妖。レーツェルだった。

 心配で入ってきた訳ではないらしく、彼の表情は楽しんでいるようにも見える。


『お主がここに来させたのか。あの2人を』

「そうだと言ったらどうすんだい?」

『失敗だったようだ。あの2人でも、この試練を無事終わることなどできやしない。あの空間は、今まで試験を受け、耐えられなかった者達の想いが込められた空間。負の感情しか存在せん。その空間から抜け出る。又は浄化が、今回の試験の条件。未だ出てこないところを見るに、無理だったのだろう』


 そう語る水晶玉から響く声は、先程の圧が弱まり、悲しげに感じる。その様子をレーツェルは、「クックック」と喉を鳴らし、楽しげに見ている。


『何が楽しい。人が死ぬのがそんなに嬉しいか?』

「いや、そんなことは無いさ。俺は人間が好きだからね。ただ、諦めるのは早いと思ってな」

『なに?』


 レーツェルは水晶玉の前に倒れている2人を見て、そっと近づいた。そして、2人の間に入り、優しげに微笑みながらカクリの頭を撫で、男性には期待の眼差しを向ける。


「必ず戻ってくる。この2人ならな」


 その言葉は力強く、一切の迷いもない。

 2人を心から信じているのだろう。


『戯言を……。お主は神と周りから言われているが、実際は違うだろう。人間よ』


 水晶玉の声に、レーツェルは笑みを崩さずにそっと顔を上げた。


「元人間だからこそ、人間の強さが分かるものさ。それに、カクリは俺が大事に育てた妖だ。そう簡単に負けるものか。そうだろう?」

『誰に語り掛け──』


 レーツェルの言葉に、水晶玉が答えようとした時──


 ピクっ……


「ん、あ? ここ──どこだ?」

「うぅ。何が起こったのだ……。ん? あ、レーツェル様!!」

『なん、だと?』


 男性とカクリが同時に目を覚ました。その直後、状況を確認するため周りを見回したり、カクリは感極まりレーツェルに抱きついたりと、忙しなく動いている。


「だから言ったであろう。この2人なら大丈夫だと」


 レーツェルは、カクリを優しく抱き締め返し、頭を撫でながらそう口にした。その手が暖かく優しいからか、カクリは気持ちよさそうに目を細めている。


『────らしいな』


 水晶玉もこの光景が見えているらしく、静かにそう呟いた。


「おい、何の話かわかんねぇけど……。俺はしっかりクリアしたぞ。さっさと力を寄越せ」

「お主は後半何もしておらんだろう。ただ寝ていただけではないか」

「俺に泣きついて力を暴走させた奴はどこのどいつだ」

「泣きついておらん!!!」


 また口喧嘩を始めようとした2人に、水晶玉の主は静かに問いかけた。


『どうやって抜け出てきた』

「見てたんじゃねぇのかよ……。たくっ、クソめんどくさかったわ。それに、死にかけたし。俺だけじゃなくにも試練与えろよ」

「与えられたぞ。私だけ何もしていないように言うでない」


 男性とカクリは、暗闇の中で何をしたのか。どうやって抜け出てきたのかを、水晶玉とレーツェルに聞かせた。




 暗闇の中、男性が気を失ってしまいどうすることも出来ない状況。

 カクリは、涙を手で拭い周りを再度見回す。


「黒から白。この空間を白くすれば簡単に出れると思うが……。その力は私には無い。1部だけでも白くできないか……。そこから脱出、又は最低でも人間を目覚めさせることが出来れば……」


 その場で自身の思考を整理するため、口に出しながら考えを巡らせている。


「想いを、白く……」


 俯きながら呟き、ゆっくりと顔を上げた。その表情はしっかりと前だけを見ており、覚悟を決めたらしい。


「ここが想いを現実にするのなら……。今すぐこの空間を白く、全ての闇を消す!!」


 そう力強く口にし、それと同時に左右へと両手を勢いよく広げた。

 額からは汗が流れ落ち、目を強く瞑っている。だが、周りに変化はない。


「まだだ、弱いのだ。もっと、もっと強く念じるのだ」


 諦めず、カクリは両手を伸ばし続け力を込めている。すると、周りには想いの光の玉が漂い始めた。


 先程、カクリが試しに出した時より遥かに多く、光り輝いている。それでも、この空間の闇は消えず脱出口が見えてこない。


「まだだ……まだ……っ……」


 カクリはなれない力を使っているからか、片膝を着いてしまう。それでも尚、周りの想いを操作し消さないようにしていた。

 徐々に増えていく光の玉。だが、出すだけではこの空間の闇は消えない。他になにかやらなければ──


「なにを、すれば良い……」


 飛びそうになる意識をなんとか持ちこたえ、操作をし続ける。瞑っている目や口、鼻から血が流れでており限界が近い。


 それでもカクリは、力を弱めず想いを増やし続ける。


「はやく、開け……。風穴よ……」


 カクリがそう呟いた時──


「風穴は、自分でこじ開けるもんだろうが」


 カクリ以外の声が響き、そして──肩には大きく頼もしい手が置かれてた。


「よくやった。あとは、俺に任せろ」

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