「カクリ」

 カクリの肩に手を置いたのは、先程まで気を失っていた男性だった。


「何をする、つもりだ……」

「風穴をこじ開ける」


 男性がそう口にすると、口元に浮かべていた笑みを消し、目を瞑った。

 まだ辛いのか汗が止まらず流れ続けており、眉間にも深い皺が寄せられていた。無理をするとまた倒れてしまう恐れがある。


「あまり無理を──」

「力を弱めるな!! 続けろ!!」


 男性の言葉にカクリはハッとなり、また力を込める。だが、男性が心配なのか先程までの集中力がなくなっていた。それだけではなく、カクリの体も限界が近い。


「くそっ。もう少し粘れよお前……。かっこよく登場したのに台無しじゃねぇか」


 男性はそう口にすると立っていられなくなったのか、地面に手を付き、大きく息を吐く。頭を支えているため頭痛は治まっていないらしい。

 その姿をカクリは横目で確認すると、悔しさか怒りか。はたまた違う感情か。

 カクリが纏う空気が変わり始め、男性は目を見張る。

 歯を食いしばっている彼の口元からは今まで見えていなかったはずの牙が覗き、爪も鋭く伸び始める。


 鋭く光る牙が覗く口を開いた。


「『許さぬぞ』」


 その声は本当にカクリのものなのか分からないほど低く、圧のかかる声が暗闇に響き渡った。


「お、前……」


 男性は豹変してしまったカクリを目にして、それ以上言葉を繋げることが出来なかった。


 瞳は黒から赤に変わり、銀色の髪は肩までだったはずだが、今は腰まで伸びている。

 口角が上がり、少し──楽しげにも見える表情を浮かべている。


「な、おい餓鬼……。なんだその姿──」


 初めての姿に男性は困惑し、言葉を詰まらせている。


「『この空間はが壊す。想いも、感情も全て──』」


 そう口にするカクリは、左右に伸ばしていた両手を1度下ろし、再度右手を前へ伸ばす。すると、消えかけていた想いがまた輝き始め、どんどん数を増やしていく。


 それだけなら良かったのだが、その想いは黄色く綺麗に輝いていたはずなのだが、どんどん黒く変色してきている。


 それはこの空間のせいか、それとも──


「まずい………。このままだと正の感情が消滅する。おい餓鬼!! 今すぐ力を使うのやめろ!!」


 カクリに駆け寄りながら叫ぶように男性は言うが、聞こえていないのかなんの反応を見せず、それに加え何故かカクリに近づいた男性は、何かに跳ね返されてしまった。


「っ………。くそっ。何がどうなってやがる……」


 カクリに近づくことすら出来ない。声も届かない。

 どうすることも出来ないこの状況で、男性は、歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべる。


「力の……暴走か。こいつ、優しすぎだろ……。クソがっ!!」


 そう口にし、その場に立ち上がった。そして、目をつぶり両手を胸あたりで願うように絡める。


「まずは落ち着け」


 男性がそう呟き、何かを念じ始めた。カクリはそんな男性を気にする様子など一切見せずに、想いを操作している。


「『我の力を。ここで──』」


 カクリの言葉は最後まで続かなかった。


「まったく……。便利なんだかなんだか……」


 カクリの右腕を、男性が優しく掴んでいた。


「『何をする』」

「今のお前だと試験クリアなんて無理なんだよ。さっさと戻れ」


 そう冷静に口にするが、カクリは男性の手を払い殴ろうとした。


「『邪魔をするな!!』」


 その攻撃を男性はただ見ているだけで避けようとしない。

 拳が当たる直前。男性は静かに口を開く。


「お前が必要だ。


 その言葉に目を見開き、カクリの左手は男性の顔面スレスレで止まった。そして、姿も徐々に元の姿へと戻っていく。


「世話を焼かせんな」

「…………私は……、何を」

「知るか。とりあえず、優雅に話している暇はない。さっさとここから出るぞ」


 元の姿に戻ったことにより、黒く変色しかけていた想いは黄色い輝きへと戻っていく。だが、そのまま消えてしまいそうに薄れてしまっていた。


 その光景を目にして、カクリは慌てて両手を左右に広げ想いを操作しようとした。だが──


「あとは、俺の仕事だ。お前は暴走しない程度に力を使って俺を支えろ」

「っ!! 了解だ」


 男性は再度、両手を胸あたりで組み目を閉じた。カクリも今回は慌てず冷静に想いを操作している。

 先程より妖力が落ちてしまったからなのか、輝きは薄くなっている。それでも、完全に消えることは無いらしく問題は無い。


 男性は汗を流しながらも、力強く念じ始めた。


 そして───


「正の感情よ、負の感情を消し全てを浄化せよ」


 男性がそう呟くと、薄くなっていた想いが徐々に強く光だし、カクリは瞑っていた目を開けた。


「これは──」

「『全ての闇よ、今すぐこの場から消しされやがれ!!』」


 そう口にした男性の声が、暗闇の中に響き渡り、それと同時にヒビが入り闇が崩れ落ちた。


「暗闇が──」


 カクリがそう呟くのと同時に、2人は眩い光の中、思わず目を閉じ、意識を手放した。

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