「この空間に」
男性は噛まれた肩を抑えカクリを睨み、その視線を受けているカクリは一切気にせず、顔を背け腕を組んでいた。
「噛みちぎってねぇだろうな」
「安心するが良い、人の肉に興味はない。あったとしてもお主のは要らぬ」
「ふざけてんじゃねぇぞ。くっそ痛てぇじゃねぇか!!」
「お主が全面的に悪い」
「まったく。まぁいいわ。痛みで意識が飛ばずに済んだと考えるとする」
そう口にするとその場で目をつぶり、静かになってしまった。
「何をしておる?」
カクリが質問するも返答はない。
「またか。何度自身の世界に入れば気が済むのだ……」
そう口にした時、男性は静かに目を開けた。
「ふぅ……」
「何かあったのかい?」
「眠くなるということしかわからん。それに、さっきより肌寒くなってきてんな。それに加えこの暗さ……。暗闇は気分を沈ませ鬱病を発症させる。今の状況だと──そうだな。季節性衝動障害っつーもんになりえる。時間の進み度合いもリアルと同じか分からんしな……。餓鬼は何か感じねぇのか?」
「………きせ……リアル?」
男性は自身の体を擦りながらそう説明し、カクリに問いかけた。だが、初めての言葉が次から次へと出てきて、頭が追いついていないらしく真顔で固まっている。
「………すまん。お前にはまだ早かったな」
「馬鹿にしているだろう」
「事実を口にしているだけだ」
眉を下げ、哀れみの目をカクリに向ける。その目線に対し、彼は呆れ顔で返した。
「お前がわからんくても、仮に分かっていたとしても、今のこの状況は変わらん。想い、記憶。精神的に追い込める空間。時間制限──でもない。おい餓鬼、何か頭の中に思い描きそれを行動してみろ」
「いきなりだな」
そう言って、カクリはもう男性の言動に突っ込むのを諦めたらしく、素直に両手を前に出した。すると、周りに光の玉が現れ、まるで蛍のように漂っている。
ふわふわと浮かんでいる玉は、淡く光っているため綺麗に感じる。
「これはなんだ」
「『想い』だ」
「想い?」
カクリは男性の言葉に一言で答え、指を鳴らした。その音が暗闇の空間に響き渡ると、光の玉は破裂するように消えてしまった。
「どうやったんだ?」
「わからん。だが、妖力を使える事の確認と、想像したらなんでも出来るのかとな。実際出来たのだから驚きだ。どこからこの想いは出てきたんだろうな」
カクリの言葉を、男性は珍しく真面目に聞いていた。
「ここはもしかすっと──」
「なにかわかったのかい?」
男性はカクリの方へ近づき、目線を合わせるようにしゃがんだ。そして、耳打ちをする。
「…………え、本当か?」
「おそらくな。だから、ここからはお前の──」
男性が何かを口にしようとした時、いきなり耳を塞ぎ始め顔を青くする。だが、どんどん顔を歪めてしまい、とうとう倒れ込んでしまった。
「なっ。どうしたのだ?!」
「また、おい!! 何とか……っ……しろ!!」
頭を支え、顔を歪める男性にカクリはすぐに動けなかった。
「おいっ……っ……。おい!!! 早く何とかしろよ餓鬼!!!」
「あっ……。ま、待っておれ。今すぐ先程と同じように──」
慌ててカクリは男性に両手を伸ばし、先程のように何かを操作し始めた。だが、男性はいつまで経っても治る気配を見せず、ずっと頭を支えたり耳を塞いだりと苦しんでいた。
「なっ!? 何故だ!! 私は先程と同じように!!」
「ぐっ……がぁ……っ。早くしろ……っつーの……」
最初の頭痛よりはるかに苦しんでいる。汗が大量に流れ床に落ち、どんどん息が荒くなり過呼吸状態になっている。このままでは本当に死んでしまうかもしれない。
カクリは目を見開き、歯を食いしばりながら、なんとか両手で想いを操作しようと動かしている。だが、上手くいかない。
「どうすれば……。このままでは人間がもたない!!」
目に涙を浮かべ、必死に妖力を使おうとしている。それでも、男性を苦しみから解放することが出来ない。
「……っ!!!」
とうとう男性は痛みに耐えられなくなったのか。自身の体を支えていた腕から力が抜け、その場に倒れてしまった。
「に、んげん?」
目をつぶり、男性は気絶してしまった。
「人間……、おい!! 起きるのだ人間よ!!! 死ぬでない!! 命を粗末にしないと言っただろう!! おい!」
カクリが何度呼びかけても、目を覚ます気配を感じさせない。男性はそのまま動かなくなってしまった。
「私が……、やはりあの時に止めておけば……」
自身の不甲斐なさと責任で、カクリは目から大粒の涙を流し、しゃくりをあげ泣いてしまう。
その時に、先程男性が耳打ちした言葉を思い出したのか、口に出した。
「『人々の想いが集まった空間』」
男性はカクリに、先程このように伝えていた。
『ここには人の想いが集結された空間かもしれん。想いは存在するが、それは黒く、嫉妬、憎しみ、怒り。そんな想いがここに集結されこの暗闇を再現している』
「人間はそのように言っていた。人の想いが黒いから、この空間も黒いと言うことか。なら、単純に考え……。黒が負の感情なのなら、白は──」
カクリはそう口にし、涙を拭いその場に立ち上がった。
「人の想いは沢山感じてきたつもりだ。負けぬ。必ず、この空間に風穴を開けて見せるぞ!!」
カクリは叫び、その瞳には強い力が込められており、決意の固さが現れていた。
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