「俺達ができる最低限の事を」
洞窟の中に入ると、周りは真っ暗で何も見えなくなってしまった。
風は奥から吹いてきており肌寒いし、上からは水滴が落ちてきて当たるとすごく冷たい。
足元も、油断すれば石などに躓き転倒の恐れがあり、男性は周りを注意深く観察しながらゆっくりと歩みを進めていた。
中は男性とカクリの足音が響き、水滴の音がポチャン……ポチャン……となる。
迷わないようにか、片手を壁につけながら歩いている。
「おい餓鬼。灯りとかねぇのかよ」
「その呼び方はやめろと言っている。私にはカクリという名前がしっかりあるのだ」
「そうか。悪かったな。それで餓鬼、灯りはないんか?」
男性の、話を聞いているようで全く聞いていない態度に、カクリはもう諦めたのか溜息をつき、掌を広げる。すると、カクリの手の平に淡く光るボールのような物が現れ、周りが見えやすくなった。
「なんだよ、あんじゃねぇか。勿体ぶってねぇでさっさと出せよ」
「出したくなかったのだ。それにしても……。だいぶ長いな」
カクリは光を操り、もう少し奥の方を見るため前へと操作したが、その行動には意味がなかった。
洞窟は、カクリが思っていたより長かったらしく、今2人がいるところからだと最奥は見えてこない。
「めんどくせぇな。つーか、石なんてどこにあんだよ。どんな石だよ。参考も何もねぇんじゃ分かるもんもわからんだろうが」
「文句を言っていても仕方なかろう。今は進むしかない」
そう2人で会話しながら歩いていると、道が二手に別れ始めた。
「おかしい。なぜ道が2つに分かれた」
「元々1本道ではなかったということでは無いのかい?」
2人は分かれ道の前で一旦立ち止まり、考え始めた。
「元々分かれてたにしろ、レーツェルとやらが何も言わないのはおかしいだろ。あいつはなんでも知ってそうだからな。この中についても詳しいはず……。いや、知っていてわざと口にしなかったのか?」
顎に手を当てると、男性はブツブツと何かを口にしながら動かなくなってしまった。
「おい、どうしたというのだ」
カクリが声をかけるも反応を見せない。考えに没頭しているらしい。
「もしかして、こやつは頭を使う時、周りの声が聞こえなくなるのか……」
カクリの呆れ声など聞こえてないらしく、男性は今だ何かを呟きながら、二手に分かれている道を凝視している。
そんな男性に、カクリは溜息をつき目を閉じた。
「………………おい人間よ。………人間!!! 早く戻ってくるのだ!!」
「もしかしたら石って──あ? なんだ騒いで。うるさいぞ」
「左側の道に何かある。そちらにゆくぞ」
先程目を閉じたのは、先の道に何か無いか感じ取っていたかららしい。
「分かるんだったら最初からやれよ」
「知らん……」
男性の自分勝手な言葉に呆れつつ、そんな会話を交わし、2人は奥へと進んだ。
「今度は2手じゃなく3手………。面倒くさっ」
「仕方なかろう」
今回もカクリが目を閉じ、先の方に何があるかを感じ取る。
「──人間」
「なんだ」
「レーツェル様は何もいないと言っていた──と思うのだが、それは私の間違いか?」
「────逃げるか」
カクリが何かを感じたのを察したらしく、男性は真顔でそう口にした。
そんなことを言っていると、別れ道の真ん中から地響きが起こるほどの低い音が鳴り響いた。
『人間と妖か。ここで何の用だ』
その声が響いた瞬間、2人は目を見張り、体を硬直させる。息すらまともに出来ず、汗が流れ動けないまま、奥の道を見ているしかできていない。
『答えよ。ここに何用だ』
重くのしかかる圧に抗いながら、男性は震えながらも口を開く。
「隣にいる妖の力を、俺に分ける為だ」
震える声でそれだけを口にし、カクリは男性の足にしがみつき、カタカタと震えている。
『何故だ』
「俺の失った記憶を取り戻すため、俺にかけられた呪いを浄化するため」
簡潔に質問に答える男性。余計なことを言えば殺されるかもしれないという圧に耐えながら、答え続けている。
奥からは未だ冷たい風が2人に吹き続け、流れている汗も一緒に吹き飛ばしている。
『なら、ここまで来るがよい。来ることが出来れば──』
その言葉を最後に、先程までの重苦しい圧は無くなり、男性とカクリは息を吐いた。
「一体、奥にはどんな化け物がいんだよ」
「感じたことの無い圧。おい人間、もうやめた方が良い。ここで命を落としては意味などないだろう」
カクリは恐怖でなのか、いつもしっかりと立っている耳が、今は少したれてしまっていた。余程怖かったらしい。
そもそもカクリは新しいものや人には、自ら近づこうとしない怖がりだった。だが、なぜか男性には近付きここまで一緒に行動している。
しかし、それもここまでのようだ。その場に座ってしまい立てなくなっている。
「おいおい、お前妖なんだろうが。餓鬼じゃないってんならここで根性見せろや」
「無理なものは無理だ。そもそも私にはそんな強い力などない。戦闘になれば、たちまち食べられてしまうだけだ!!」
目に涙を浮かべ、何とか戻ろうと説得しているが、それは無駄らしく、男性は光のない瞳を前方に向けている。
「そんなこと関係ねぇわ。俺は俺のもんを取り戻す。取られたままは嫌なんでね」
そう口にすると、そのまま奥の方へと歩いていく。
「おい待て!!! 1人で行っても何も出来ないだろう!! お前は、力を持たないただの人間なんだぞ!!」
カクリは何とかその場から立ち上がりそう叫ぶが、男性は歩みを止めずに進んでいく。
「行ったところで無駄な事だ!! だからやめておけ!! どうせ食べられて終わってしまう!!」
カクリの今の言葉に、男性はやっと足を止めゆっくりと振り返った。そして、鋭い目線を向け口を開く。
「力がないからこそ力が欲しい。ただの人間だからこそ強さを求めたい。力がないという理由だけで、物事を決められたくねぇな」
男性の目には力が籠っており、カクリは目を離せず声を出すことも出来ず、ただ見ているだけだった。
「出来ないから辞めるんじゃねぇよ。出来ないから求めるんじゃねぇか。強い力を。今、俺達ができる最低限の事を」
それだけを口にすると、またしても洞窟の奥へと歩き去ってしまった。
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