「構わん」

 男性は洞窟の奥へと姿を消してしまった。


「力がないからこそ、求める……」


 先程の言葉を、カクリは復唱していた。その場で俯き何度も、何度も同じ言葉を呟く。


「今、最低限できること──」


 震える体を、自身の腕で押さえ込もうと包み込んでいる。だが、足も震えてしまいうまく立つことさえ出来ていない。


 本当に怖いのだ。


 恐怖が体に張り付き離れない。

 先程の重苦しい声の主はどのような姿か、どのような化け物なのか。


「何故、ただの人間があそこまで進める。力がないと自覚しているのであれば尚更だ。理解が出来ん……」


 力があるカクリは足が竦んでその場から動けず、力を持たない人間が洞窟の奥へと進んでいく。


「理解が出来ない……。だが、このままではあの者が死んでしまうかもしれん……。そうなれば──」


 最悪の状況を想像してしまったのか、悔しげに下唇を噛んだ。そして、震える体に鞭打って顔を上げる。

 その表情は恐怖ではなく、覚悟を決めたように、真っ直ぐ、洞窟の奥を見つめている。


「死なれては、後味が悪いからだ……。あの者自身がどうなろうが、私は知らない」


 そう口にしながら、カクリは足を踏み出した。





 先程までは男性と会話をしながら進んでいたが、今は1人なため、小さな音でも反響し合い大きな音に聞こえる。


 カクリの足音や上から落ちてくる水滴、風の音までも響き渡る。

 足元は気をつけなければ凹みに足が取られ、転倒してしまう。


「どこまで行ったのだ……」


 男性の姿を確認することができず、カクリは焦りを感じ始めたのか、徐々に歩くスピードが早くなってきた。


「無事でいる、はず……」


 あの男性がそう簡単に死ぬとは思っていないらしく、そのようなことを口にしているが、その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようにも聞こえる。


 悪い想像がカクリの頭の中を埋めつくしてしまったのか、顔を青くし、転ばないように気をつけながら走り出した。


 カクリがしばらく走ると、前の方に人影が現れた。


「人間。大丈夫か?」

「来たかよ餓鬼。見てみろ」


 カクリが前を向くと「えっ」と声を上げその場に固まった。


 目の前には予想していた化け物ではなく、幻想的な光景が広がっていた。


 洞窟の細道ではなく大きく開けており、最奥なのか行き止まりで周りには道がない。そして、中央には水色に光った水晶玉が浮いており、上からは妖光が降り注いでいる。


「幻想的だが、気持ちわるいな。一体どんな作りになってんだよ……」

「なぜこれを見てその言葉が出てくる。普通に綺麗だと思うのだが……」

「人間と妖の感覚の違いだろ」

「それだと、普通逆なのではないか?」


 そんな会話を交わしていると、男性はいきなり口を閉じ足を前に出した。


「おい、安易に近づいては──」

「問題ねぇだろ。おい、さっきの声の主、お前か?」


 男性は歩みを進め、真ん中に浮いている水晶玉の前で立ち止まり、そう声をかけた。

 何を思っているか分からない男性の軽い声が、この場に反響し合う。


 響き渡った声が静まると、先程の重く圧のかかる声が水晶玉から聞こえた。


『よくここまで辿り着いた』

「いや、声がしてから1本道だったし、普通に歩いてきただけだわ。これで辿り着けんかったら、相当のあほか不運体質で無駄に怪我する大アホだけだろ」


 普通にそう返す男性に、カクリは少し身体を震わせたが、静かに進み男性の足元で立ち止まった。

 さすがに怖いのか男性のズボンを掴んでいる。


『妖の方はまだ子供か。だからこそ、ここに来たというわけか』

「まぁな。そこまで言えるということは分かってんだろ。儀式とやらをやらせろ」


 鋭く光る目線を水晶玉に向け、警戒心剥き出しで会話を交わす。だが、その声は軽く、口調も一定だ。


『良いだろう。だが、簡単には終わらんぞ。もしかすると命を落とす可能性がある。それでも良いか?』

「構わん」

「何を言っている人間!!」


 水晶玉の声に簡単に一言、それだけを口にする。さすがに驚いたのか、カクリは耳をピンと立て、目を丸くし男性の手を掴み、自身へと引き寄せようとしていた。


「おい、なんだ。チビに身長を合わせんのは高い方が損をするんだぞ」

「命を落とすかもと言っているのだぞ!? 何故平然と答えることができる!!! お前の頭には脳みそがしっかりと入っておるのか!?」


 男性の言葉をカクリは完全に無視し、腕を引っ張り続けながらそう叫ぶ。


「いって!! わかったわかった」


 さすがにずっと引っ張られ痛みを感じたらしく、静かにしゃがみカクリと目線を合わせた。


「やめておけ!! 命を粗末にする必要は無い。記憶がなくとも1から始めれば良い。呪いは他に方法を考えればよかろう!!」

「嫌だね」

「何故だ!!」


 男性は真顔でそう返したため、何を考えているのか分からない。

 目を合わせられた瞳の中には闇が広がっており、一点の光もない。そのため、希望を持ったり、未来のためなどという事は一切考えていないだろう。


 なら何故ここまで儀式にこだわるのか。カクリは苛立ちが抑えきれず、叫ぶように質問を繰り返す。


「そうだな。その質問に答えるとしたら──」


 この開かれた最奥に響き渡る声。

 カクリは男性の返答に驚きすぎて、言葉を出すことが出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る