「本当に開けるなら」

「………なるほど」


 明人は真珠の話を聞いている間、相槌のみ打っていた。


 話を聞き終えたあと、彼は思考を巡らせ顎に手を当てる。

 真珠は、彼の様子を見て不安げに質問した。


「あの、ここは願いを叶えてくれるのですか?」


 真珠は箱を開けてくれるという噂ともう一つ、"願いを叶えてくれる"と言う噂も耳にしていた。


 小屋があるという噂は本当だったため、願いを叶えてくれるという噂も本当なのではないかと、期待の眼差しを彼へと向けている。だが、その期待も明人の次の言葉で崩れ落ちた。


「残念ですが、願いを叶える事は私にできません」

「そ、そんな……」


 明人の言葉を聞き、真珠は顔面蒼白になり顔を俯かせる。

 唯一の希望だった事もあり、すぐに切り替える事が出来ない。


「顔を上げてください、真珠さん」


 そんな彼女に明人は淡々と、落ち着いた声で顔をあげさせた。


「詳しい話は私の口から答える事は出来ませんが、願いを叶えるではなく、願いを叶えるでしたら出来るかもしれませんよ」


 その言葉に、真珠は大きく目を開く。

 もうどうする事も出来ないと諦めていた所への、小さな希望の光だった。


「ど、どういう事ですか?」

「貴方のご友人である寺島星さんの匣を開ける。それが出来れば、どうにかなるかもしれません」


 明人の言葉には一切の迷いはなく、揺れる事の無い真っ直ぐな瞳で真珠を捉えていた。


「本当ですか?」

「はい。ですが、私もボランティアで行っている訳ではありません。それ相応のは頂きます」

「だい、しょう?」

「えぇ。匣を開けた人の"記憶"を頂いております」


 真珠はその言葉を聞き、何も答える事が出来ず固まってしまった。


 ※


「どうしたの?」


 次の日、真珠は普通に登校し学校の教室で机に突っ伏していた。

 そんな彼女に、星は目を丸くしながら聞く。


 真珠の頭には、昨日の小屋内での話が過ぎっていた。




『記憶って……。それはどういう事ですか?』

『そのままですよ。匣を開けた人物──つまり寺島星さんの大事な記憶を頂きます』

『そんな! 記憶を取られたら──』

『全ての記憶を取る訳ではありません。一番大事な記憶を頂くだけですよ。もし、本当に開けるなら──ですけど』





「はぁ……」

「? 大丈夫?」


 真珠に問いかけている星は、今ジャージ姿だ。


 今日の朝、凛の仕業で水浸しになってしまった彼女は、たまたま授業で体育があったため、ジャージを着て登校していた。

 普通の水道水ならまだ良かったが、ベンチやラケットを吹いた雑巾が入っている水を星にぶっかけたため、匂いが少し残っている。

 なんとか、汗ふきシートなどで拭いたが完全に取れなかった。


 それを真珠は目の当たりにして凛に文句を言おうとしたが、それを星が止めた。


 その事もあり、真珠は机に突っ伏していたがのだが、顔を少し上げ唇を尖らせながら星を見上げた。


「ねぇ、なんで星はさっき、私を止めたの? ムカつかないの? 私はすごくムカつくんだけど……」


 机に頬をくっつけながら真珠は星に問いかけると、一言だけ返ってきた。


「ムカつくよ」


 それだけを伝えると、その後はただただ微笑むだけ。

 その笑みはいつもの笑いあっている笑みではなく、異様なほど妖しく、異常に感じるもの。

 星の微笑みからは何も読み取る事が出来ない。


「星、何を、考えているの?」


 真珠の言葉にも、星はただただ微笑むだけだった。


 ※


「明人よ。何故昨日の依頼人の匣を開けてやらなかったのだ」

「あ? あいつは自覚がなかったからな。つまらん」


 小屋の中にはいつも通り、ソファーに寝っ転がりながら雑誌を読む明人と、木製の椅子に座っているカクリの姿があった。


 二人の会話の中に、昨日の依頼人である加々谷真珠の名前が出る。


 真珠も心の中に想いを閉じ込めている匣を持っている。

 でも、明人は何故か真珠ではなく、友人の寺島星の匣を開けると伝えた。

 カクリは、なぜそのように言ったのかわかっていない。


 どちらも匣を持っているのであれば二人とも開ければいい。

 明人の体力なら作業はそこまで苦ではない。

 そこにが加わってしまうとさすがに疲れてしまうらしいが。


「別に。正直、開けてやっても良かったが──」

「良かったが、なんだい?」

「あぁ…………なんでもねぇよ」


 カクリの質問に答えず、彼は雑誌を頭に乗せ眠ってしまった。


「よく分からんな」


 カクリは呟き狐の姿に戻る。そして、明人と共に眠りにつく。


 その時、明人が口元に笑みを浮かべていた事など、カクリは知る由もなかった。

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