凛
「手に入れられそうだな」
「今日も負けちゃったねぇ……」
「うん……」
街中を話しながら歩いている女子二人。
背中に背負われている大きなリュックの肩紐を強く握り、俯きながら歩いていた。
二人は同じ服と同じ髪型、同じリュックを背負っている。
話している二人のうち一人は
綺麗なストレートの黒髪を一つに後ろで結び、えんじ色のジャージを着ていた。チャックは上までしっかりと閉めている。
もう一人は
明るい茶髪を星と同じく、後ろ高めに一本でまとめていた。長さは肩辺りなため星より短い。チャックは全開で、風が吹く度ヒラヒラと揺れている。
二人が背中に背負っているのは、テニスのラケットが入っているラケットケースだ。
「まさかの初戦負け。相手が悪かったんだよ……」
「相手は優勝候補の高校だったもんね。一年生の私達が勝てる訳がないよ」
二人の目には擦った跡があり、赤くなっていた。
頬には泣いた後があり、お互い慰め合いながら歩いている。
俯きながら歩いていたため、前から向かって来ていた人に気付かず、星はぶつかってしまった。
「あ、す、すいません!」
「いえ、大丈夫ですよ」
ぶつかってしまったのは男性。
転びそうになった星の腕を掴み、痛みがないように支えた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いえ、こちらこそぶつかってしまいすいません。では、私はこれで失礼しますね」
男性は笑顔を一切崩さずにその場から歩き去って行く。
隣には、小学生くらいの銀髪の少年が一緒に歩いていた。
その男性はすごく美しく、妖しい雰囲気を醸し出しており、彼女は男性から目を離せず見続ける。頬は薄く、染っていた。
その様子を隣で真珠は、怪しい笑みを浮かべながらからかうように声をかける。
「なになに? もしかして今の人が好きになっちゃった?」
「そっ、そんな訳ないでしょ?! 勝手な事言わないで!」
星は真珠の言葉でさらに顔を赤くし、慌てたように文句を言いながら真珠のリュックをポコポコと叩く。
それを真珠は笑い飛ばし、二人は先程の暗い雰囲気から少し立ち直り、また歩き出した。
※
薄暗い裏路地には、男性と少年の影が伸びている。
「…………たくっ、最悪だ。何故依頼人でもない奴に猫を被んねぇとなんねぇんだよ……。めんどくせぇな」
不機嫌そうに呟いたのは、先程星とぶつかってしまった紳士的な男性。
今回は日用品などの買い出しで外を出歩いていたのだが、お互い前を見ていなかったため、星と明人はぶつかってしまった。
文句を口にしている明人の隣には、苦笑いを浮かべながら彼を見上げる少年、カクリが立っていた。
「よく咄嗟に猫かぶりが出来るものだな」
「あ? あたりめぇだろうが。もしかしたらあいつが依頼に来るかもしれんだろ。怪しまれねぇためだ」
言いながら彼は、買い物袋を片手に持ち、もう片方の手でスマホを操作し始める。
「先程から何を調べておる」
「あぁ──ほう。これは、面白い"匣"が手に入れられそうだな」
口角を上げ、スマホをポケットに戻し歩き出す。
何かを企んでいるような表情に、カクリは呆れてしまった。
「何を企んでおるのだ、明人よ………」
ため息混じりに呟き、置いていかれないように、明人から持たされている買い物袋を両手で持ち足早に追いつく。
明人のスマホには、今日行われていた女子テニス大会の結果が、映し出されていた。
※
「今日はここまで!!」
「「はい!!」」
星と真珠は昨日、女子テニス大会にダブルスで出場したが初戦敗退してしまった。
相手は超強豪校である
星達が通う
その中で、星と真珠は一年生でありながらすごい連携プレーを見せレギュラー入りを果たし、試合に出る事が出来たのだが………。
「まさか負けちゃうなんて……。真珠とだったらもっと上に行けると思ったのに……」
星はネットなどを片付けている時も昨日の試合について考えていた。
それは真珠も同じで、二人共浮かない顔をしている。そんな中、皮肉めいた声がコートの端から聞こえた。
「一年で試合に出といて負けるなんて……」
「自分達は強かったんじゃないんですか??」
「二戦目どころか一戦目で負けるとか、笑えるんだけどぉ〜」
このような事をわざとらしく大きな声で言っているのは、三年生のメンバー。
中央にいる女子生徒は、
周りには取り巻きの二人もおり、クスクスと笑いながら星達を見ていた。
この三人は最初から実力がある星と真珠を妬み、普段から今みたく嫌がらせをしていた。
それでも二人は、相手が上級生と思いずっと我慢している。
他の人達は外野から見ているだけで何も言わない。自分に火の粉が飛び移るのを恐れていた。
「………真珠」
「星、弱い所を見せたらダメだよ」
真珠の強い眼差しを見て、星は弱音を吐こうとした口を閉じ、力強く頷いた。
そんな二人をコートの出入口から見ている一人の女子。
長いストレートな黒髪を風に靡かせ、切れ長な目で星達を見ているのは、女子テニス部キャプテン、
雪凪は星達の様子を見たあと、そのまま何も発さずに更衣室へと向かって行った。
※
試合が終わり数週間。星と真珠は、三年の三人から、今だ嫌がらせを受けていた。
今日も、金属が倒れるような大きい音がコートに鳴り響く。
三年生の凛が、星の近くに置かれていたボールの入った籠にわざとらしくぶつかり倒してしまった。
「あらごめんなさい。ぶつかってしまったわ」
ねちっこい声で笑いながら、謝罪を口にする。
「ごめんねぇ〜。寺島さん、代わりに拾っといてくれる? 私、違う所の片付けがあるからぁ〜」
謝りながらも拾おうとしない。
それだけではなく、近くに立っていた星に拾わせようとする。
「それじゃよろしく〜」と。
何事も無かったかのように、凛は手を振りながら去って行く。
他の片付けと言っても、今星が行っているボール拾いで最後なため、他には何も残っていない。
「なんで………」
籠を起こしながら彼女は、転がってしまったボールを拾う。
その際にボールを掴む手に力が入っており、指先が白くなった。
ボールを見つめたあと、目線を上げ凛が去って行った方向を、恨みの籠った鋭く光る瞳で睨みつける。
そこに、雪凪が淡々とした声で話しかけた。
「ちょっといいかしら」
「あ、はい!」
星は慌てて声のした方向を確認し、すぐに姿勢を正す。
雪凪の雰囲気は鋭く、近寄り難い。高嶺の花と言った感じだ。
そのため、星は雪凪とはあまり関わっていなかった。
今も話しかけられ、肩を震わせている。
「片付け、手伝うわ」
そう言って、雪凪はしゃがみボールを拾い始める。
「え?! いえ、大丈夫ですよ!」
「貴方のためじゃないわ。早く片付けが終わらなければ私達が帰れないの」
冷静に言い放たれ、星はその言葉に「確かに」と納得。
二人で無言のままボールを拾い続けた。
・
・
・
・
「あの、ありがとうございました!」
ボール拾いが数分で終わり、星は雪凪に頭を下げお礼の言葉を伝えた。
「寺島さん、何故何も言わないのですか?」
「えっ、言わないって……」
「────いえ、なんでもありません。私はこれで失礼します」
それだけを言い残し、彼女はタオルを持ちその場を去ってしまった。
取り残された星は、先程の雪凪の言葉を理解する事が出来ず、首を傾げながらその場に立ち尽くす。
「なんだったんだろう」
静かなコートにはボールの入った籠しか残されていなく、星の質問に答える者など居ない。
それから数秒後、コートの出入口が開き、そこからは真珠が肩にかけていたタオルで汗を拭きながら入ってきた。
「星、大丈夫? 何かあったの?」
「いや、キャプテンが何かよくわかんない事を……」
「よくわかんない事? 何それ」
「……なんでもない」
真珠は星が何を言いたいのかわからず、タオルを肩にかけ直し首を傾げる。
星も同じくよく分からないため、これ以上は口を閉じ、彼女が去っていった方向を見続けていた。
「ねぇ、とりあえず帰らない? お腹すいたよ」
「そうだね。着替えて帰ろっか」
二人は更衣室に行き、着替えを済ませ話しながら家へと帰って行った。
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