「言わせてくれ」

 朱里はお弁当箱を持ちながら、学校の屋上にある扉の前に立っていた。

 古く、所々錆びてしまっているがドアノブの所はそこまで汚れていない。人の出入りが少しはあるからだ。


 扉の前で意味無くウロウロと動き、朱里は何度もドアノブに手を伸ばすが直ぐに引っ込めてしまう。


「う〜ん。いなかったらどうしよう……」


 不安げに呟き、お弁当を強く握る。


「やっぱり、迷惑──だったよね……」


 溜息をつき、何度も何度も屋上の扉を開けようか悩んでいる。なぜ、こんなに悩み、不安げに呟いているのか。


 今日の朝、彼女は誰よりも早くに学校へ向かい青夏の下駄箱に手紙を入れていた。

 内容は昼休みに屋上に来て欲しいと言う物。だが、仮に居たとしても話が出来るかどうか。居なかったとしたら、もう飽きられてしまったという事になる。そのため、開けるのに躊躇していた。


 屋上に辿り着いてから数分後、朱里は大きく深呼吸し、意を決して扉を開けようとドアノブに手を伸ばした時──


「おい」

「っきゃーー!!!!!!!」


 後ろから聞こえた声により、驚きすぎて甲高い悲鳴をあげその場にしゃがみこんでしまった。そして、おそるおそる顔を上げる。そこには待ち望んでいた人物、青夏が両耳を塞ぎ顔を歪めながら朱里を見下ろしていた。


「せっ、青夏先輩……」

「いきなり驚かすんじゃねぇよ!」


 ────ゴツン!!!


 青夏は握り拳を作り怒りの鉄槌を彼女に食らわせた。相当痛かったため、涙を浮かべ手で頭を抑える。


「う、うぅ。ひどいです……」

「このくらいで済んで良かったな」

「他人事のように……」


 拳骨を落とされた所を擦りながらゆっくりと立ち上がり、今度こそ屋上の扉を開けた。外から流れてくる風が二人の頬を撫で、朱里の髪を揺らす。青空が広がり、雲が気持ちよさそうに横へと流れていた。


「久しぶりに、一緒に食べませんか?」


 扉を開けたまま、彼女は緊張しているような。少し震えた声で静かに背中越しに問いかける。青夏はその声に対し、小さな声で頷いた。


「おう」


 青夏の返事に、朱里は安どの息を吐き後ろを確認せず、前までいつも一緒に食べていた屋上の角へと移動し座り込む。

 青夏も隣に座り、持っていた袋からコロッケパンを取り出し食べ始めた。


「……あの」

「ん?」

「来てくれて、ありがとうございます」

「お前だとは正直思ってなかったけどな」

「えっ?」


 青夏は表情一つ変えず、お昼ご飯に購買で買ったコロッケパンを食べ続かながら即答た。その返答が予想外で彼女は素っ頓狂な声を出し、彼を凝視する。

 先程までの重い空気が、今の青夏の言葉で消えたように感じた。


「お前、これ何か足んねぇだろ」


 いきなり彼はポケットから手紙を取り出し彼女の顔面に突きつけた。だが、至近距離すぎるため朱里は目を細め見ようとするも、見える訳がない。


「あの、見えません」

「根性で見ろ」

「まじですか」


 根性で見ろと言われても、見れないものは見れないため。朱里は手紙を自分で持ち、自身が書いた文を読み直す。

 途中までは特に変なところがなかったため、なぜ青夏が彼女に手紙を突きつけてきたのか分からなかった。だが、最後の一文を目にすると何かに気づき、「え」や、「あ」など変な声を上げ、顔を近付かせながら手紙を何度も読み直していた。


「あ、あれ……? 名前が……ない」

「おう」


 微妙な空気が二人の中に流れる。最初とは違う重苦しい空気に、朱里は冷や汗を流し顔を青くした。


「………」

「一体誰だったんだろーな。その手紙書いた奴は」

「だっ、誰なんでしょうか……」


 朱里は青夏の冷ややかな目から逃げるように視線を逸らす。何とか誤魔化そうとするが、無駄な努力だったようで、頬をつままれてしまった。


「いひゃいしゃい」

「何か言うこと」

「ごめんなひゃい」


 青夏が怒っている事は般若の仮面を付けたような表情を見たら明らかだったため、彼女は即座に土下座する勢いで謝った。


「んで、今まで避けてたくせにいきなりどした?」

「うっ……」


 般若面を無表情に戻し、ストレートな言葉で彼は朱里に問いかけた。だが、いつもの無表情ではなく、少し拗ねているような顔をしているため、彼女は少しときめいてしまう。だが、そのときめきに気付かず、彼は再度問いかけた。


「何があったんだ?」


 青夏が可愛くてついときめいてしまっているのと、どう言えば良いのか分からないと困っている彼女に優しく問いかけている。急かしている訳では無く、伝えやすくするため促していた。

 その優しく暖かい言葉のおかげで、朱里は今までの経緯をポツポツと話し始める事が出来た。


 ☆


「お前……。俺違うって言っただろーが」

「だって……」

「そんで、今回俺を呼んだのは何か理由があんのか?」


 話し終えたあと、彼は大きく溜息を吐き呆れ気味に否定した。そんな彼に朱里は目元を濡らしながらも言い訳をしようとしたが、それより先に彼が話し出したため、小さく頷いた。


 自分の胸に手を置き、深呼吸をする。そして、意を決した表情を彼に向けた。


「青夏先輩。今まで私、噂や江梨花先輩の行動に、勝手に不安を感じ先輩を避けてしまっていました」


 少し震えている声だが青夏は黙ったまま、聞き漏らしがないようにしっかりと耳を傾ける。


「でも、やっぱり嫌だったんです。私は嫌だったんです! 青夏先輩と一緒に居たいです!」


 朱里は真剣な眼差しで彼を見る。一切、視線を逸らさないように真っ直ぐと。


 青夏が何も話さないため、沈黙の時間が続く。何分経ったのか、もしくはまだ数秒しか経っていないのか分からない。そして、その沈黙を崩したのは、彼の静かな一言だった。


「俺も」

「──え?」


 短く簡潔に伝えられた言葉に、朱里は戸惑いを隠せず気の抜けた表情を浮かべてしまう。


 なんの反応も見せない彼女に対し、青夏は恥ずかしくなったのか頬をほんのりと染め、誤魔化すように問いかけた。


「おい、聞いてんのか」

「へ、あっ。うん……、いや! はい……」


 青夏の言葉に何とか返事をしているが、朱里は未だ全てを理解出来ていないようで、顔を真っ赤にし、目を泳がせている。


「たくっ。何考えてんだよ……」


 青夏はぎこちなく朱里の頭に手を乗せた。


「先輩、あの。今の言葉は、一体……」

「あ? 普通この流れで通じるだろ」

「だって! あの、私。自分の都合のいいように……、考えてしまいますよ」


 ゆでダコのように真っ赤になった顔を隠すように、顔を俯かせながら小声で問いかける。


「別にいいじゃねぇか。都合のいいように考えろよ」

「え?」


 彼の言葉に朱里は、驚きの声と共に咄嗟に顔を上げてしまった。すると、青夏の顔も朱里と同じくらい、耳まで真っ赤に染まっていた。


「えっ、せんぱ……」


 青夏を呼ぼうとした時、大きく暖かい手が彼女の目元を覆ってしまった。その暖かい手に自分の手を重ねる。

 喜びを隠しきれないらしく、「ひひっ」とすごく嬉しそうに目を細め、歯を見せ笑った。


 青夏の手がゆっくりと離れた時、朱里は頬を染めながら優しい微笑みを浮かべ口を開いた。


「先輩。私、先輩の事……」

「待て」

「…………へっ?」


 言葉を止められた事により、朱里は笑顔を張りつけながら固まってしまった。


「そういう事は、俺に言わせてくれ」

「え……?」

「白井──いや、朱里。俺と付き合ってくんねぇか?」


 その言葉で今までの想いが溢れるかのように、彼女の目からは綺麗な大粒の涙が出て、止まらなかった。

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