「どういう事だ?」
噂が嘘だと青夏本人から聞いた朱里だったが、毎日彼と江梨花は一緒に行動していた。それを朱里は見てしまっている。
部活の時は嫌でも目に入るため、朱里は部活が憂鬱だった。
今も気分が沈んでいる中で重い足を前に運び美術室に向かっている。溜息を吐き、眉を下げ歩く。
あっという間に目的の場所に辿りつき、腕時計を確認した。
「今日は、早く着いちゃった」
朱里は帰りのHRがいつもより早く終わったため、直ぐに部室へと向かっていた。そのため、いつもより五分くらい早く辿り着いた。
早くついたのなら、絵を描く時間をいつもより多く確保出来ると考え、すぐ準備しようとドアに手を伸ばす。だが、江梨花の笑い声が部室から聞こえたため止めてしまう。
「この声って、江梨花先輩?」
楽しげに聞こえるその声は江梨花だけではなく、他にも二人ぐらい居るようだった。
『まったく。なんで青夏はあんな、なんも取り柄のないあいつの事ばかり気にするのよ』
『確かに。江梨花の方が彼女にするなら全然いいのにね』
『そうでしょ? なんか頑張って青夏に近付いてたみたいだけど、少し本気を出してやれば直ぐに引いてくれたわ。いい気味ね』
『でも、江梨花は本気なの? 風間君の事は……』
『あんなの遊びよ。なんか”あいつ”が図に乗ってるのがムカついたから取ってあげたの。それに、青夏は私の隣にいた方が良いと思わない?』
『あいつって白井朱里だっけ?』
『そうそう。まぁ、簡単すぎて逆につまんなかったけどね』
『江梨花わっる〜い』
三人の甲高い笑い声が廊下にも聞こえるくらい響いていた。
「ひっ、酷い……」
あまりに最低な発言に我慢できなかった朱里は、美術室のドアを大きな音を立て乱暴に開けた。
「ん?」
部室の中には、江梨花を中心として三人が椅子に座っており、ドアの音に反応した。
「今の、本当なんですか?」
「はぁ?」
「さっきの発言、本当なんですか?! 青夏先輩の事……」
朱里は金切り声をあげ江梨花に向かって叫ぶ。だが、彼女は気にする様子を一切見せず、悪びれもなく立ち上がり朱里に近付いて行く。口元には笑みが浮かび、瞳は氷のように冷たい。見られるだけで体に鋭い何かが突き刺さるような感覚が走る。
「もしかして、あれ本気だと思ってたの? そんな訳ないじゃない。少し考えればわかるでしょう。馬鹿な子には分からなかったのかなぁ」
江梨花の言葉に、後ろの二人がクスクスと笑う。
「なんで、そんな事したんですか……」
「聞いてたから知ってるんじゃないの? 盗み聞きしてたんだからさ」
”盗み聞き”の部分を強調するように言う江梨花は、勝ち誇っているように笑みを崩さない。三人で笑い、朱里を陥れる。
朱里は恐怖で何も言えず、顔を真っ青にし、わなわなと震えていた。
「ちょっと、その子怖がってるじゃない」
江梨花の後ろにいる一人が声をかけるが、その声も笑いが含まれており助ける気なんて全くない。ただ楽しんでいるだけのようだった。
「酷い……」
「盗み聞きしてた方が酷いと思うんですけど?」
三人の人を馬鹿にするような笑い声が響き渡る美術室。
朱里は歯を食いしばり江梨花を睨み、文句を言おうと口を開くが、ドアの方から聞こえた声により途中で止まってしまった。
「何してんだ?」
ドアから聞こえたのは、男性の声。今の朱里にとって、一番聞きたくない声がドアから聞こえ、震える体で振り向いた。そこに立っていたのは、怪訝そうに眉を顰め、肩に鞄をかけている青夏だった。
青夏の姿を確認すると、朱里は先程より更に顔を青くし逃げるように後退る。
「え、ど、どうしたんだ?!」
青夏は慌てて美術室の中に入り、朱里に駆け寄る。本人は彼の顔を見る事が出来ず、朱里は俯いたまま動かない。
後ろにいる江梨花に今にも噛みつきそうな表情で睨み歯を食いしばっている。すると、何か面白い事が思いつき、彼女は猫なで声で青夏に近付き腕に絡みついた。
「風間君。さっき白井さんとちょっと揉めてしまって。だって、白井さん。私の事最低呼ばわりしたんですもん。ちょっと傷ついてしまいまして……」
「なっ!!」
江梨花は涙を堪えているような演技をしていた。それに対し、朱里は顔を赤くし怒りと悲しみの声を上げる。
何か言い返さないとと口を開けるが、気持ちばかりが先走り言葉を発する事が出来ない。
青夏は江梨花と朱里の様子を見て、するりと腕を解き考え込む。
腕をほどかれた事に江梨花は不貞腐れたが、その後は何もせず青夏の次の言葉を舞っていた。
「──白井。一体どういう事だ?」
その目は朱里を心配しているような、哀れんでいるような──そんな目をしていた。しかし、今の朱里は周りの人全てを疑ってしまっており。違う解釈をしてしまった。そのため、突然青夏を押し退け廊下を走り出す。
青夏はいきなり走り出した朱里を大声で呼ぶが、それを無視してそのまま学校の外へと走り去ってしまった。
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