「おせぇな」
放課後になり、朱里は真っすぐ美術室に向かった。他の部員達も集まっており、机を動かし絵を描く時に使う、イーゼルを準備し始める。他にも絵具や筆。キャンバスを持ちそれぞれの場所に置いた。
朱里は日差しが差し込む窓側に準備し、椅子に座る。目の前には木製で作られているイーゼルが立てられ、朱里が今キャンバスを置く。
筆と一緒に置かれている鉛筆を握り、キャンバスに添えた。書き出そうと少しだけ動かすが、頭の中に構図が浮かばずすぐに止まる。
「うーん。夢、夢……」
今朱里は、顧問から出された課題。”夢”を描こうとしていた。だが、いくら考えても構図が思い浮かばず唸ってしまう。
「何唸ってんだよ」
項垂れている朱里の後ろから、青夏が肩を叩き声をかけた。
「青夏先輩!!」
「何、お前まさか夢がないとかじゃないだろうな」
朱里の何も描かれていないキャンバスを目にし、呆れ顔を浮かべ問いかけた。
「そっ、そんな事。ナイデスヨ」
問いかけられた朱里は、彼から顔を背け誤魔化そうとするが、それは無理だった。青夏の冷たい視線が、彼女の背中へと突き刺さる。口元が引きつり、冷や汗が流れ出る感覚が走る。そんな朱里に青夏は、何かアドバイスになる事はないかと考える。
「夢って将来の夢とかじゃなくてもいいだろ。最近見た夢とかねぇの?」
「えっと──あ。遅刻しそうになって飛び起きたとか!」
「それは夢じゃなくて現実だろ」
─────ガクッ……
朱里は青夏からの早い突っ込みに項垂れ、またキャンバスに目を移し唸り始める。
「夢は、あるんだけどなぁ……」
青夏をちらっと確認し、朱里は大きなため息を吐いた。その様子を彼はやれやれと言う感じに肩を落とし、何かを考え始める。すると、朱里は何か気になったらしく、少しだけ顔を上げて彼を見上げた。
「青夏先輩は何描いたんですか? 見せてください!」
「なっ、おい!!」
青夏の絵を見ようと朱里はバッと席を立つが、途中で腕を掴まれてしまい見る事が出来なかった。
「絶対にダメだ!」
「なんでですかぁ~」
青夏は必死に止めており、彼女は絵を見に行く事が出来ない。
必死そうな表情を見て、尚のこと気になってしょうがない朱里は、目を輝かせながら青夏にお願いする。
「ちょっとだけ! ちょっとだけでいいですから!!」
「絶対に駄目だ!」
「二人とも! いい加減にしなさい!」
二人で攻防を繰り広げていたら、教室の前方から甲高い怒りの声が響き朱里は肩を大きく震わせた。
その声の主は美術部の部長、
「美術室は遊び場ではありません。真面目に描いてください」
黒い髪を翻しながら注意をする江梨花の姿は、女の朱里でも見惚れてしまうほど綺麗。それに加え、成績は優秀でスポーツも出来る。誰もが羨む完璧な人だ。
「すっ、すいませんでした……」
「……」
「まったく、しっかりしなさい。全然絵が進んでいないじゃない。これで遊んでいるとは、やる気がないのね」
「いっ、いえ。そういう訳では──」
「言い訳は結構です。いいから早く進めなさい」
怒りを顔に滲ませ、江梨花は鋭く言い放ち、自分のキャンバスに目線を戻し描き始めた。
「ひぇ、怖い……」
朱里が恐怖で身を縮こませている横で、青夏は疑わしい視線で江梨花を見ている。彼の視線に気づいた朱里は、きょとんとした顔を浮かべた。
「あの、どうしたんですか?」
「──いや、なんでもねぇ」
何か言いたげな目を浮かべながらも、青夏は自分のキャンバスの前に座り絵を描き始める。
朱里は青夏の反応に疑問を抱きつつも、自身も早く課題を終らせなければと思い椅子に座り直した。
☆
次の日の昼休み、朱里はウキウキとした表情でお昼ご飯の準備をしていた。
「今日も風間先輩と食べるの?」
「うん、昨日約束したから」
お弁当を持って青夏の所へ急ぎ足で向かう彼女だったが、向かう途中で窓の外に目を向け足を止めてしまう。
「あれ。あの人って、江梨花先輩と青夏先輩?」
青夏の方は朱里の居る角度だと背中を向けているため顔が見えないが、江梨花の方はしっかりと見える。
江梨花は頬を淡く染めすごく楽しそう話しているため、朱里は二人から目を離せないでいる。すると、不意に江梨花が彼女の方に目線を向けた。そのため、二人の目線が交わう。すると──
「えっ」
江梨花は青夏の影に隠れるよう半歩横にずれ、その時に彼は腰を曲げ彼女に顔を近付けた。
まるで二人がキスでもしているように、朱里の角度からは見えていた。
「どっ、ういうこと?」
疑問と困惑で頭がいっぱいになり立ち尽くしてしまった朱里は、ずっと二人を見続けてしまっている。
青夏が腰を伸ばすといきなり江梨花が朱里の方に顔を向け、勝ち誇ったような笑みを向けた。
「今日は、屋上に行くのやめた方がいいかな。多分、居ないよね」
薄い笑みを浮かべ、彼女は来た道を戻り教室へと入って行った。
☆
「……今日はおせぇな」
青夏が一人で屋上に居た事は、ある一人を除いて誰も知らない。
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