江梨花

「かしこまりました」

 小屋の中には、男女が静かに話し合っていた。

 男性の方はこの小屋の主である筺鍵明人きょうがいあきと。女性は依頼人だ。


「かしこまりました、そのような事でしたら協力しましょう。貴方の匣を開けさせていただきます」

「お願いします」


 二人の会話はそこで終わりを告げた。


 ☆

 

 学校の屋上、男女がお昼ご飯を食べながら楽しく雑談をしていた。


「先輩! 今流行ってる噂あるじゃないですか」

「噂? なんだそれ」

「知らないんですか?! どれだけ固く閉ざされた箱でも開けてくれるらしいですよ!」


 女性の方は白井朱里しらいあかり

 高校二年生で、薄茶色の髪を後ろで一つにまとめている。その隣にいる男子は風間青夏かざませいか

 こちらは三年生で、髪は短く切っており少し筋肉質な体をしている。

 二人は美術部に入っており、よく一緒に絵を描いていた。


 朱里は美術室で絵を描いていた青夏に一目ぼれし、毎日飽きもせず話しかけた。

 昼休みは必ず教室まで向かいに行き、廊下ですれ違った際には大きな声であいさつ。

 最初、青夏は朱里の行動に驚きすぐに離れようとしていたが、今では一緒に昼休みを過ごす中にまで進展していた。ほとんど朱里の勢いに根負けした形となったが、二人は楽し気に話しているため結果オーライ。


 そんな二人が、学校内の噂を独占しているハコの話をし始めた。


「箱って。鍵で開かないとかっつーオチじゃねぇだろうな?」

「詳しくは分からないですが……。でも、箱を開けてもらった人は、その日から楽しく生活しているらしいですよ!」


「行ってみたいですね」と言いながら、朱里はお弁当の中に入っていたタコウインナーを割り箸で掴み口の中に入れる。


「行くも何も、箱をがねぇーと行っても意味ねぇだろ」


 青夏の正論に、朱里は落胆する。


「たしかに。行っても意味無いのか……」


「残念」と言いながら残りのお弁当を食べ進めた。


「そういや、今回の課題描き終わったのか?」

「確か『夢』でしたっけ。まだ終わってないです……」


 青夏は今、部活で課題として出されている”夢”について問いかけた。

 ”夢”と言う言葉には二つの意味がある。夜寝ている時に見る夢と、将来の夢。


 朱里はちらっと青夏の方に目線を向け、頬は染める。頭の中で自身と青夏の未来を想像し、口元が緩む。


「将来の夢は、青夏先輩と……」


 俯きながら、朱里は小さく呟いた。


「ん? 何か言ったか?」

「いっ、いや! なんでもありませんよ! ところで青夏先輩は終わったんですか?」


 青夏はパンを頬張りながら、俯いている朱里に問いかける。咄嗟に彼女は全力で首を横に振り否定。すぐに話をそらすように青夏に質問を投げた。


「まぁまぁの進み具合だな」

「え どんな感じにしたんですか?!」

「教えねぇーよ」


 パンを食べながら意地の悪い笑みを浮かべる。その表情がかっこよく、朱里は両手で頬を抑え、顔を逸らした。高揚する顔を覚ますように手で仰ぎ、「もう、もう」と悶える。その事に彼は、不思議そうに首を傾げた。


 何とか落ち着いてきた朱里は、一度深呼吸をした後、再度青夏の方に振り向いた。


「もー!! 先輩のいじわる」

「悪い悪い」


 棒読みの謝罪。朱里の反応を面白そうに笑い、彼女はそんな彼の顔も格好よく見え強く言えない。見惚れしまい、それでも文句を口にしポカポカと叩いた。

 楽し気に話していると、青夏がふと。自身の腕時計に目を落とす。


「うし、時間も無くなってきたし教室に戻るわ」

「え。はっ、はい……」


 朱里は青夏の言葉に肩を落としてしまった。まだ一緒に居たい気持ちが胸にあり、我慢できずあからさまに態度に出してしまう。


「明日また食べればいいだろ。んな顔してんじゃねぇよ」


 朱里の表情を目にし、青夏は眉を下げ柔らかい笑みで彼女の髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「ちょ! そんなんじゃないです! 髪をボサボサにしないでください」

「あははっ」


 楽しそうに笑う青夏に対し、彼女は頬を膨らませながら怒る。そのような話をして、お昼休みが終わった。


 ☆


 屋上から教室へ。朱里は自身の机に座った。


「随分幸せそうね。顔が溶けてるわよ」

「あ、李津!」


 席に座り赤く染まった頬を抑えていた朱里に、苦笑いを浮かべながら話しかけていたのは幼馴染の李津りつだった。


「それがね! 今日! 青夏先輩がすごくかっこよかったのぉー」

「もうそれ毎日聞いてるから聞き飽きたわよ」


 李津は朱里の席がある、前の椅子に座った。その後、彼女は椅子を朱里の方へ向けて、呆れ顔で話を聞く。やれやれと呆れているが、朱里の楽し気な表情を見て自然と笑みが零れる。


「えへへ。でも、本当にかっこいいんだもん」

「はいはい」

「ちゃんと聞いてよ」

「聞いてるじゃない。それに、風間先輩は貴方だけがそう思ってるわけじゃないよ。敵は多いんだから早く告白したら?」


 季津の何気ない言葉に、朱里は目を見開いた。考えた事がないわけではなかった。だが、それを口に出す事はなく、出された事もない。今いざ言われ、口をパクパクさせ、驚くしか出来なかった。


「こっ、くは……く?」


 思考が止まり、オウム返しのように同じ言葉を繰り返す。

 

「え、えっと……。今は、まだ……」


 顔を赤くしながら目を泳がし、俯く。


「……そっか。でも、あんた我慢しすぎんじゃないよ? 何かあったら言いなね。協力するからさ」


 李津は朱里の頭をなで力強く口にし、その言葉に彼女は笑顔で頷いた。


「うん! ありがとー!」

「ええ。まったく、世話がやけるんだから」

「えへへ」


 そこで、教室のドアが開き先生が入ってきた。

 李津は椅子を前に向かせ姿勢を正し、朱里も授業の道具を机に並べた。

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