「疲れるんだよ」

 小屋内には気の抜けた声が聞こえる。


「ふぁぁぁ~~。寝み……」


 ソファーに寝っ転がり、大きな欠伸をしているのは小屋の主である筺鍵明人。目元に涙が浮かび、手で拭っていた。


 明人は依頼人の前では紳士的で、誰が見ても美男子だと答えるような、容姿の完璧な人だ。だが、その仮面を取った姿はガサツな自由人。

 ソファーの上で昼寝をするのが日課になっている。


「明人、いい加減依頼人の前以外でもしっかりしたらどうだい? 前回の依頼はそんなに大変ではなかったため、そんなに疲れるほどではないだろう」


 明人と共に小屋に住んでいる狐の妖、カクリが通るような綺麗な声で抗議した。


「匣を開ける自体疲れるんだ。その内容がどうであれ疲労感は同じなんだよ」

「体力を付けるために走り込みでもしてきたらどうなんだい」

「ごめんだね」


 吐き捨てると、明人はカクリから顔を背けまた寝る体勢を作る。カクリはそんな彼の態度を見て息を吐き、呆れ顔を浮かべた。


「まったく、困った主人だ」


 カクリはやれやれと呟き、わざとうるさくしながら部屋の片付けを始めた。

 本を〈ドン〉と置いたり〈カンッ〉と小瓶などをぶつけたりしている。それでも小屋の中がどんどん片付いていく。


「おい、片付けるだけでなんでそんなにうるさく出来る。お前は人を苛立たせる才能を持ってんじゃないか?」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「お前の頭はお花畑だな」

「君ほどではないから安心してくれてかまわない」

「俺の頭はお前の狐の脳みそとは違って色々詰まってんだよ」


 言い争いをしながらカクリは掃除を進めており、明人は寝る事を諦め小瓶を眺め始めた。

 お互い口が達者なため、このような言い争いは日常茶飯事。


「大体なぜこのよう……な……」


 終らない言い争いをしている途中、カクリは林の外に気配を感じ言葉を止めた。明人はカクリの異変に声をかける。


「どうした?」

「……明人。もしかしたら近いうちにまた、依頼人が来るかもしれんぞ」

「……」


 カクリがドアの方向に目を向けながら呟き、明人もそれに釣られるように、ドアの方へと顔を向けた。


「…………そうかい」


 一言、何気なく呟き、小瓶をテーブルに置くと、今度こそ寝ようと瞼を閉じた。


 ☆


 美術室、朱里がキャンバスの前で頭を抱えて唸っている。今回の課題にまだ頭を悩ませており、筆が進んでいない。だが、今朱里が頭を悩ませている原因は課題だけではない。前に見た、江梨香と青夏のキスしているように見えた光景が頭を過っている。そんな中、心配そうに朱里を見ていた青夏が静かに近づき、肩をポンと叩いた。


「どうしたんだよ」


 朱里は声に反応し、肩を震わせつつも顔を上げ振り向いた。その様子に、青夏は不思議そうな表情を浮かべながら、彼女を見下ろす。


「青夏先輩……」

「ん?」


 朱里はいつもの笑顔ではなく、眉を下げ青夏を見上げる。何度か口をパクパクと動かすが、結局何も言えずに閉じてしまう。

 そのあとすぐに笑顔を作り、明るい声でいつものように振舞った。


「なっ、なんでもないですよ!」


 心配かけないように、両手を振り笑顔で答えた。だが、彼は納得できず、怪訝そうな表情。


「おい、お前何か隠して──」

「風間君、こっちの器材を一緒に運んで欲しいの。お願い出来るかしら?」


 疑いの言葉を投げは経ようとした青夏の後ろ。いつの間にか江梨花が立っており、笑顔で声をかけた。


「あ、あぁ……」

「ふふっ、ありがとう」


 後ろ髪を引かれる思いで、青夏は江梨花と一緒に美術準備室へと行ってしまった。


 そんな二人を見て、朱里は引き留めたく一瞬手を伸ばしそうになったが、その手は空を掴み力なく横に垂れる。


「諦めないと、ダメなのかな……」


 物悲しい言葉が漏れ、気を紛らわせるため筆を手に取ると、キャンバスを力ない目で見つめる。添えられた筆は、一向に動かなかった。


 ☆


 それから数週間後、教室で朱里と李津が一緒にお昼ご飯を食べていた。


「またあの二人一緒に居るね。いいの?」


 朱里に季津が何気なく、片手に焼きそばパンを持ちながら問いかける。視線は窓の外に向けられており、朱里も同じ所を見た。庭には、最近一緒にいる事が多い青夏と江梨花が仲睦ましそうにお昼ご飯を広げている。角度的に彼女の笑顔しか見えないが、それでも多としそうな雰囲気は感じ取れる。

 

「先輩達って付き合ってんのかな……」

「そういう情報はあんたの方が詳しいじゃない。聞いてみたら?」

「聞けないよぉ……。もし付き合ってるって聞いたら立ち直れる気しないもん」

「でも、気になるんでしょ?」

「うっ、うん……」


 視線を落とし小さく頷く。その様子を李津は呆れ顔で見ていた。


「噂ではもう広まってるよねぇ。お似合いのカップルだってさ。まぁ、二人は美男美女だよね。見た目だけなら」

「うっ……」


 季津の追い打ちに朱里は項垂れるように机に突っ伏してしまった。


「諦めるの?」


 意気消沈している彼女に対して、気にする様子を見せない季津はいつもの口調で聞いた。その問いには数秒の間があり、朱里はゆっくりと顔を上げ視線を落としながらも思いが口から零れ落ちる。


「諦めたくない……」

「だったら頑張りなさいよ。あんたの唯一の長所は諦めの悪さでしょ」

「えっ、唯一なの?」

「そういう事だから、パクッ。らんふぉはひなはい」

「話してる途中で食べないでよ……」


 その後はお互い雑談をして、その日の昼休みは終わった。









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