力士と人類の歴史

 力士と人類の関わりは長い。古くはラスコー洞窟の壁画に力士20人を引き連れて狩りに出かけていると思しきクロマニヨン人の姿が描かれている。もっとも、描かれている当時の力士は今のようなふくよかで大柄な体格ではなく、人間の腰ぐらいの背丈しかない。このため当時の狩りにおける力士の役割は「ドスコイッ、ドスコイッ!」という掛け声で獲物を追い立てるぐらいしかなかったと考えられている。

 力士が今のような体格になったのは野生の力士を家畜化して「チャンコ」と呼ばれる栄養価の高い食事を与えるようになってからである。現在日本の隅田川近辺でのみ目撃される野生の力士(ヤマトリキシ)達は、上記のように一旦家畜化された力士が「部屋」と呼ばれる飼育施設から脱走して野生化したものなのである。


 また、今では日本とモンゴルの一部にしか生息していない力士も古代では世界各地に生息し人類と共存していた。イギリスのストーン・ヘンジ、イースター島のモアイ、エジプトのピラミッドなど、当時の科学技術では建造が不可能と思われていた巨石遺跡や巨大建造物は、家畜化された力士によって建造されたことが最近の研究で明らかになっている。古代ギリシャのパルテノン神殿のメトープに力士の姿が彫刻として残されている写真は、皆さんも世界史の教科書で見たことがあろう。

 力士はその恵まれた体格から土木工事や重量物の運搬の役目なども担うことが多かった。東南アジアなどで今でも市民の足として活躍している「リキシャ」は力士が人を載せた荷台を引いて重要な交通網を担っていた名残である。

 その他よ力士が世界の建設や交通網の発達について如何に寄与したかの詳細についての解説は、都市力士工学概論に譲りたい。


 かつては世界各地に生息していた力士は様々な神話にもモティーフとして痕跡を残している。

 ギリシャ神話やローマ神話に登場する巨人族である「ティターン(タイタン)」はちゃんこ鍋が準備できているかを確認する力士の口癖である「炊いたん?」に由来するものであるというのが現在の通説である。

 また、旧約聖書のサムエル記に出てくる身長約2.9メートルの巨人兵士「ゴリアテ(ゴライアス)」は、イスラエル国立博物館の最新の研究結果に拠ると、力士の鳴き声である「ゴッツァンデス」が転じたものである事が分かっている。

 更にはロールプレイングゲームなどで取り上げられる事が多い、北欧神話の巨人族の神「ロキ」の原型が「リキシ」であることは言うまでもない。

 人類と共に歴史を歩んできた力士はまた、文学などにも影響を与えている。

 グレゴール・ザムザが朝目が覚めると巨大な力士になっていたフランツ・カフカの「変身」、「きょう、リキシが死んだ」という冒頭の一文が余りにも有名なアルベール・カミュの「異邦人」、円卓のリ騎士で有名なトマス・マロリーがまとめた「アーサー王物語」など枚挙に暇がない。


 人類と非常に似通った外見を持つ力士であるが、勿論そこには差異も存在する。主な特徴としてオス同士で生殖することが挙げられる。

 2ヶ月に1回、年に6回ほど発情期を迎える力士は、発情期を迎えると「土俵」と呼ばれる場所に集まり「相撲」と呼ばれる求愛行動でパートナーを探す。この力士が求愛行動のために集まる集会を「場所」と呼ぶ。

 力士は普段は着物を着ているが、相撲が始まると「マワシ」と呼ばれる紐状の布だけで局部を隠した全裸に近い姿で他のオスにアピールをする。相撲の前には他の動物の求愛ダンスのように多量の塩を土俵に撒く。これは力士が放出する大量の精子のメタファーであり、自分が強いオスである事をアピールする目的があると考えられている。有名な観光スポットであるウユニ塩湖は、かつて南米に生息していたミナミオオリキシが相撲の前に撒いた塩が長年に渡って蓄積してできたことは余りにも有名である。

 相撲は2人の力士が土俵上で体をまさぐり合う事で行われる。ご存知のように力士は非常に大柄であり、その求愛行動である相撲も迫力のある光景となるため、力士の求愛行動を見物しようと日本では多くの観光客が「場所」に訪れる。相撲は約二週間に亘って行われ、求愛行動の優劣により「番付」と呼ばれる序列ができる。この「番付」という言葉は元は「番い付き」から来ており、最も相撲を勝った力士が好きなオスをパートナーに選べたことにちなんでいる。発情期のみ求愛行動を行うと思われていた力士であるが、最近の研究では「部屋」と呼ばれる営巣の中でも常時行われている事が分かってきている。この擬似的な求愛行動は「稽古」「可愛がり」と呼ばれており、時に過激な「可愛がり」によって死んでしまう力士も存在する。


 人類の発展共に繁栄してきた力士であるが、19世紀中頃を境に衰退の道を辿る事となる。

 力士の衰退及び個体数の減少には諸説ある。産業革命及び内燃機関の発達による力士駆動動力への需要の減少、環境破壊による個体数の減少、病原菌による大量絶滅、いくつかの仮説があるが、どれも決定的な説であるとは言い難い。この力士の衰退及び減少については、次週以降、拙著「銃、病原菌、力士」をテクストとして解説していこうと思う。



 

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力士学序論 蔵井部遥 @argent_ange1121

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