第4話 毒を切り裂く炎の剣

 円形に広がる屋上。そしてそれを覆うようにへばり付いている、筋肉の壁のようなもの。


「暗くてよく見えないけど、動いてる……よね?」


 ささやくように言いながら、ゆっくりと中央へ歩いてゆくリーヴ。ドーム状になっている筋肉の壁のようなものが、脈打つように動いている。


「リーヴさん。何か、聞こえます」


 するする……巻きつけられたロープが勢いよく解けるような音。二人が構えていると――ぱん。フレイアの盾の魔法が発動する。


「きゃああ、何!」

「トゥアハ・ルー・アメン・ラー。明らかなる光よ、輝く者よ。直ちにこの闇を払いなさい――」


 フレイアが光を召喚した。視界が一瞬にして真っ白になる。少しの明順応ののち、二人が見たものは。


「蛇……もしかして、ヨルムンガンド?」

「その残影を宿した魔物です。もはやヨルムンガンドではありませんよ。どちらにしても、厄介そうな相手ですが」


 屋上全体を覆うように、無数の黒い蛇が筋肉の繊維のように絡み合っていた。それらが天井から頭を垂らし、その頭を激しく前後左右に振っている。リーヴたちの居るさらに奥には、ゲートの土台と思われる円があるが。


「今のうちにゲートに――あれ?」


 ゲートは光を失い、ただの落書きのようになっている。


「この魔物の力に干渉されているのでしょう。倒すしかないようですね」

「えぇ……私、蛇は嫌いなんだけどな……」


 リーヴが渋い顔をしていると、突然、蛇たちが大きく口を開けた。


「う、何か吐き出してる」

「これは……毒です!」


 蛇たちが口から白い煙を吐きはじめた。煙は瞬く間に充満し、視界を奪ってゆく。盾の魔法が、ぎしぎしと軋むような音を立て、持続的にダメージを受けていることを主張する。


「どこかに蛇を生み出す核が隠れているはずです。蛇の数を減らしてください!」

「ど、どうしよう――そうだ! 思い出したばかりで、うまく使えるか分からないけど……」


 リーヴが天を指さすように腕を伸ばし、唱える。


「私の呼びかけに答えなさい! ルーンの秘術より生まれし破滅の剣、レーヴァテイン!」


 ぶんっ。リーヴが腕を振り下ろすと、一瞬、炎が生じた。炎はかまいたちのような、見えない刃を伴い、蛇の頭を切り落とす。


「さあ、どんどん死になさい!」


 リーヴは指揮者のように、激しく腕を振り回す。切り落とされた蛇たちの頭が、胴体が、ばらばらと地面に落ちる。地面に落ちた死骸は毒の煙に侵され、濃硫酸に触れたかのように溶けてゆく。


「フレイア、どこに居るの? 煙で何も見えない!」

「こっちです。これから煙を吹き飛ばしますので、リーヴさんは核を破壊してください」

「分かった!」


 リーヴが蛇を切り払いながら言う。蛇はリーヴの攻撃を受け、だいぶその数を減らしたらしい。フレイアは周囲に響く音からそれを察すると、両腕を広げ、唱える。


「ノルズリ・スズリ・アウストリ――風よ、吹き荒れよ!」


 一瞬、息ができなくなるほどの突風が生じる。突風は毒の煙も、溶けかけていた蛇の死骸もどこかへ追いやり、屋上を吹き荒れた。屋上に壁を作っていた蛇たちも吹き飛び、屋根を支える柱と、夕空があらわになる。


「ええと……核! 核はどこ?」

「リーヴさん、あそこです!」


 フレイアの指さす場所、屋上の屋根がかろうじて見えているあたりに、それはあった。目と口が空洞になった、干からびた顔のようなもの。核はその『目』と『口』から延々と蛇を生み出し続けている。


「核が失った部分を修復しようとしています!」

「そうはさせないわ――フェリオ!」


 ばん。破裂音とともに核が砕け散る。同時に、天井に残っていた蛇たちも一斉に地面へ落ち、瞬く間に塵と化した。ゲートが光を取り戻し、干渉が排除されたことを示す。


「やっと終わった……あっ、また石だ」


 リーヴの手元に、光を当てても透き通らないほど真っ黒な石が飛んでくる。この石もリーヴの記憶を復元する鍵だ。石は弾けるように光の粒に変わり、リーヴの顔に飛び散った。


「今度は何を思い出しましたか?」

「なんだろう? 何も思い出してない気がするんだけど……」


 リーヴの視線が揺らぐ。彼女は記憶を順番に辿り、何か『追加』されている記憶がないかを確かめているようだが、該当する記憶は見つからなかったようだ。


「もしかしたら無意識下にあるものを取り戻しているのかも知れませんね。どちらにせよ、その時が来れば分かるでしょう」

「まあ、それもそうだね」

「では行きましょうか」

「うん!」


 ふわっ。二人はゲートへ飛び込んだ。


「やっと外だ――えっ、ていうか、暑くない?」


 目の前に広がるのは広大な海。今までのような、不自然な崖から見る海ではなく、砂浜と波打ち際がある、本物の海岸だ。だが、それよりも印象的なのは、うだるような暑さ。照りつける熱線により辺りは揺らめいて見え、じめじめとした潮風は汗を誘発する。


「やはり、外は開放感があってよいですね」


 だが、フレイアがその暑さを感じている様子はない。


「フ、フレイア……なんで平気なの?」

「神族の多くは環境の変化に耐性があるのですよ。私は炎の中にでも居ない限り、暑さを感じることはありません」


 遠くを見ながら言うフレイア。その視線に釣られるように、リーヴも遠くの方を見る。


「向こうの方に船が見えますね」

「うん、見えるけど……ちょっと遠いね」


 リーヴが現在立っている地点から、船のある場所までの道筋を目で追う。この島は大きな三日月のような形をしているようだ。二人が立っているのはその先端にあたる部分、そして、船があるのは反対側の先端。リーヴはあからさまに憂鬱そうな顔をした。


「そうですね。では、飛んで行きましょうか」


 ぱん、ぱん。フレイアが二度、手を叩く。すると、陶器のような光沢をもった純白の羽衣が、どこからともなく現れ、フレイアにまとわりついた。


「リーヴさん、羽衣の端を掴んでください」

「うん、こんな感じ?」

「はい。では、行きますよ――」

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