第3話 黒き巨人の残影
祭壇の中はきちんと石で造られていて、水が垂れてくる心配はないようだ。中央には何か人の形をした魔物が見える。体は溶岩のように赤く、どろどろとしていて今にも溶けてしまいそうだ。その存在がこちらの気配に気づいたのか、はっ、とこちらを見る。
「ウ、ウ!」
唸るような低い声が聞こえたと思った、その時――
「きゃあ!」
溶岩がリーヴに向かって、目にもとまらぬ速さで飛んできた。ぱん。ぎりぎりの所でフレイアの魔法が防ぐ。
「――燃えて!」
リーヴが収束のシジルを使い、魔物を攻撃する。どん。爆発が生じる。しかし。
「き、効いてない……?」
爆発により、魔物の体は崩れた。が、その体はすぐに再生してしまう。
「リーヴさんの魔法とは相性が悪いようですね。ここは私がやりましょう」
フレイアはやや下を向き、手を大きな器を持つ時のような形に広げ、静かに唱え始めた。
「潤いて強く、かつ汚れなき者。今ここに、姿を現しなさい。アルドヴィ・スーラ・アナヒタ――」
激しい音と共に、凄まじい勢いで水が右側の壁から現れ、敵を押し倒す。水はすぐに地面へと吸い込まれように、跡形もなく消えた。敵は水によって冷やされ、ただの岩石のようになった。
「死んだの?」
「いいえ、まだです。リーヴさん、フェリオを使ってみましょう」
「フェリオ?」
「はい。炎は力を増すと青くなるのはご存じですね。それを更に収束させると、白い光になるのです。その光を標的に放つのがフェリオです」
フレイアは岩石と化した魔物を指さす。
「収束のシジルをイメージし、魔物を指さし、『フェリオ』と唱えてください。その魔物にとどめを刺すのです」
「こんな感じかな――フェリオ!」
リーヴが唱えた、次の瞬間。鋭い破裂音とともにリーヴの指先から光弾が放たれ、魔物を貫通し、後ろの壁に穴をあけた。魔物はその衝撃で砕け散り、もはや何だったのか見分けもつかない塵の山になった。
「は? 怖っ」
「素晴らしい。流石です、リーヴさん」
リーヴは自身の力と、それがもたらした結果を見て顔色を変える。
「次のゲートがありますね。様子を見てきましょう」
フレイアは塵の山を避け、その向こうにあるゲートへ近づく。フレイアの調査が終わるまで暇を持て余したリーヴは、塵の山へ近づく。すると。
「あれ?」
塵の中に、赤い輝きを放つ石が埋もれていた。その石はリーヴに反応するように塵から飛び出し、リーヴの目の前で静止する。
「なんだろう……」
「リーヴさんに何かを伝えようとしているようですね」
ゲートの調査を終えたフレイアが言う。リーヴは石の下に手のひらを差し出した。
「あっ」
石は無数の光の粒となり、リーヴの腕にまとわりつくように集まる。それらはしばらく腕の周りを飛び回り、そのまま腕に吸収されるように消えていった。
「あれ、この人……スルト?」
「何か思い出したのですか?」
「うん、世界を焼き尽くした黒い巨人、スルト! そしてあなたは、ヴァナヘイム出身のフレイア!」
飛び出してきた石は、リーヴの閉ざされた記憶の扉を開ける鍵だったらしい。リーヴの視線が、何かを思い出すかのように動き回る。
「全部じゃなさそうだけど、フレイアのことは分かるよ! 死んだ人を兵士として集めて、主神オーディンと分け合ってたんでしょ? それで、その兵士を自由に召喚して戦えるんだよね! あと、セ――」
『セイズ』という幻惑の魔法を使える。そう言いかけたが、リーヴはその言葉をしまった。『幻惑』という言葉に、漠然とした不安を感じたからだ。と、その時、二人は大きな揺れを感じる。
「こ、今度は何?」
「先ほどの戦いの影響でしょうか、この場所が崩れ始めているようです」
フレイアが目を閉じながら言う。
「さあ、早く次の場所へ行きましょう」
「うん、そうだね!」
ふわっ。二人はゲートに飛び込んだ。
「ここは……?」
らせん状に続く、人が二人並んで歩けるほどの階段。どこかの塔のようだ。所々にある窓から外を覗くと。
「え、浮いてる?」
窓の外に広がるのは一面の夕空。他には何もなく、唯一あるとすれば雲くらいだ。上にも下にも、果てしないオレンジ色の空間が続いている。
「こういう時空もあるのですね」
「ところで、これはどっちに行けば……?」
リーヴが前と後ろを交互に見て言う。
「上からは何かの気配がありますが、下からは……何の気配もありません」
それを聞いたリーヴは階段を数段だけ降り、その下を覗いてみる。階段はある地点から、黒い壁に塞がれているかのように真っ暗になっている。その『壁』の向こうには虚無だけが感じられた。
「うわぁ、本当に何もない」
「上に行くのが良さそうですね」
「そうだね」
しばらく歩き続ける二人。歩く音だけが塔に響く。そして。
「あ、出口が見えてき……た?」
ようやくこの塔の頂上に出られるらしい。しかし、何か様子がおかしい。出口だというのに、そこから見えるのは明るい空ではなく、深い闇だったのだ。
「え、何これ」
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