果てしない力士の果てに

五三六P・二四三・渡

第1話

 力士である零蒔玄点太れいじげんてんたは気が付くと、道の上にいた。

 道と言っても砂利だったり、アスファルトが敷いているわけでもなく、屋内の廊下というわけでもない。

 ただ道としか言いようのない。道以外の説明のしようがない存在が、前と後ろに続いていた。

 はてこれはどうしたものか、どうしてこんな場所にいるのかと、零蒔玄は考えてみるが、そこで自分が力士であることと、自分の四股名以外の物事を思い出せないでいることに気が付いた。つまり記憶喪失ということだ。

 なにも思い出せないのなら、ただ立ち止まっていてもしかだがない。

 零蒔玄はとりあえず道を進むことにいた。


 しばらく歩いてみるともう一人の力士に出くわした。

 これ幸いと零蒔玄はここはどこかと尋ねてみる。

「残念ながら、私もなぜこんな場所にいるのかわかっていないのだ」

「そうか……知らないのなら仕方がない。ではそこを通してもらえるかな?」

「重ね重ねすまないが、それは出来ない」

「何故」

「わからない。私も向こう側にいる力士と話したのだが。どうしても彼を越えて進むことは出来なかった」

 零蒔玄は何を馬鹿なと思いながら、前の力士の脇から道を抜けようとしてみたが、どうもうまくいかない。彼の言うことは本当のようだ。

「……どうしたものか」

「ふむ、ではこういうのはどうか。都合のいいことに私は力士だ。そして」

 前の力士は、零蒔玄を指さした。

「君も力士だ」

「そうだな」

「ならば相撲を取ろう。進みたいのなら組み合って押し出せばいい。だが私もそちら側に進みたいと思っているので、力が強いほうが進みたい方向に進めるということだ」

「なるほど」

「では、はっけよい」

 のこった。の合図と同時に、二人は組み合った。

 あいにくと言うべきが、零蒔玄のほうがはるかに力が強く、前に進むことが出来たのだった。


 しばらく押し進めていると、前の力士が、その後ろの力士にぶつかってしまったという。零蒔玄はかまわず押し進めた。少し重くなったが、問題なく進めることが出来た。

「おいおい乱暴だな」

 彼の言葉に構わず進んでいく。しだいに重くなっていったが、それでも零蒔玄は止まることがなかった。

 しかし零蒔玄は一心不乱に進みながらも、むなしさを感じていた。いくら進んでも目の前の力士外の姿を認識することが出来なかった。だから今自分のやっていることは無駄なのではないか。そんな思いが孤独と共に浮かび上がる。

 ここで反対側に向かえばもう一人の力士に会えるだろう。

 しかしそれを越えることが出来ない以上、零蒔玄が合うことが出来るのは立った二人の力士だけということになる。零蒔玄はそれがこのまま一生続くという予感と確信があった。

 零蒔玄は力士である。なのでより強いものと戦いたかった。

 前と後ろの二人の力士に失礼な事を言うが、三人だけでは強さが証明できない。

 なんと無意味な人生だのであろうか。

「寂しそうだな。零蒔玄よ」

 前の力士が押されながらも呟いた。

「すでに私の後ろには何十人もの力士が並んで押している。そんな大勢の力士に押しながら、アンニュイな気分に浸っているお前を見ると、実力差に眩暈がしてくるよ」

「すまない。俺はただ」

「謝るなよ。だが良い知らせがあるぞ」

「何だと」

「この世界の仕組みが分かった」

 前の力士は説明を始める。

 この世界は一次元上をイメージした世界となっている。だから前と後ろにしか進めず、高さや幅がないので障害物があるとそれを越えて進むことが出来ない。なぜ我々が力士なのかと言うと、巨体故、通り抜けないということをイメージしているのだ。

 それを聞いて零蒔玄はふと疑問を思い浮かべる。

「何故それに気が付いた?」

「私の後ろの力士たちが伝言ゲームにより相談をして、答えを導き出し。それで伝言ゲームにより私に伝えてくれたのだ」

「そうか」

「おいおい、世界の仕組みが分かったっていうのに、何か新しいことをしないのか?」

「わからない。俺は押すことしかできない」

「やれやれ」


 零蒔玄はずっと手前の力士と会話をしていた。

 その中にはこんな話もある。

「俺たちは一次元の存在らしいが、どう考えても三次元的な思考と会話をしていないか?」

「ふむ、それはこうとも考えられるな。例えばアニメーションだ。アニメは二次元だと言われるが、アニメのキャラクターは大抵一部を除いて三次元的な思考と三次元を意識した動きをしている。これは三次元に存在している人間が作った。つまり三次元に干渉されているからだ。それと同じように、我々もまた三次元によって干渉されている一次元人と言うわけだ」

「なるほど」

 零蒔玄は押し続ける。


 もしその世界にも時間があるというのなら、零蒔玄は測ることが出来ないほど長く押し続けた。そう……時間と言う川の流れを押しすすめるかのように。

 その果てしない長い時間、零蒔玄は前の力士を通して、その後ろの力士の様子を聞いた。なんでもその力士たちは、伝言ゲームにより、自分たちのを細分化をしたのだという。そして一万ごとのコミュニティを大部屋と呼び、会話をして虚無の時間を楽しんだ。話の上手い物は尊敬され、伝えられていく。当然自分が話を作った、と嘘をつくものが現れる。力士たちは著作権を守るために、嘘をついたものにはペナルティとして誹謗中傷の噂を流すことになったが、そもそもその誰かの一人の力士の意志で止められる噂なので、あまり意味がなかった。

 一つの大部屋当たりの人数は次第に多くなっていき、やがて国と呼ばれるようになった。国では面白い話や、苦痛にならない組かたなどが考えられ、輸出されていった。しかし、理由はわからないが、貿易摩擦が起こり、戦争へと発展した。力士たちが協力し、力加減を調整して、より敵国の力士たちに苦痛を与える押し方をするという方法がとられた。どうやら力士たちは不死のようだが、苦痛は感じるのでこれはかなり有効だったようで、いくつもの国が滅びた。

 というのも全部零蒔玄の前の力士のほら話かもしれない。


 ある時ふと、零蒔玄の前の力士が言った。

「そういえばお前は強い奴と組み合いたいんだったな」

 そうだ。しかしその夢はかないそうもない。統計によると零蒔玄は今現在二十京人の力士と組み合っていることになるらしい。しかしそれでも零蒔玄が勝っている。

 自分より強い者はいないのだ。

「ああそうだ。この一次元世界にはな」

「なんだと。この世界から脱出しようと言うのか? しかしどうやって?」

「普通に考えると無理だ。だがコンピューターを使えばできる」

「どこにそんなものがある」

「確かにこの世界には力士しかいない。ならば力士を使ってコンピューターを作るんだよ」

 零蒔玄の頭に、力士の脳みそをつなげて作ったコンピューターの絵が浮かんだ。

「そんな非人道的なことは……」

「違う。力士を使うっていうのはこうするんだよ」

 前の力士は、零蒔玄から手を離した。後ろから押される様子はないので、既に決められていた行動なのだろう。

 前の力士は零蒔玄を胸に張り手をする。何度も何度も。時に早く、時に気の遠くなるほど遅く、それを繰り返した。

「つまりどういうことだ」

「コンピューターってのは零と一から出来ている。つまり力士たちが零と一の信号となればいい。そして張りてでそれを伝える。一次元的な伝え方しかできないので、二十京バイトのコンピューターとはいかないが、かなりのスペックとなるはずだ」

 中国のSF小説でそんな話があったような。まあいい。と零蒔玄は言う。

「しかし、コンピューターを作ってどうやって一次元から脱出するんだ?」

「力士コンピューターにより、零蒔玄の情報をデータ化して、三次元に送るんだ。私たちは三次元的な思考をしているからそれが可能なはずだ」


 零蒔玄は少し考えさせてくれ、と言った後日課の押し出しを続ける。

 前の力士の言ったことを考えたが、はたしてそれは零蒔玄が強い者と勝負していると言えるのだろうか。

 いや、そもそもこの世界そのものがシミュレーションなのかもしれない。ならば意識の連続性など信用できず、逆に言えばコピーであっても自分と大差がないのかもしれない。

 しかしそう自分を納得させても、何か日かかる者があった。

 何か一つ。何か一つだけ足りない。

 ふと前の力士の顔を見つめる。

「なあ、もしよかったらでいいんだが……」

 零蒔玄は力を強めた。

「お前も一緒に来ないか?」

 前の力士はきょとんとした顔をして、聞き返す。

「……なんでまた? 私はお前の二十兆分の一より弱いんだぞ」

「わからない。だがお前がいないということが想像できない」

 前の力士は少し考えた後仕方がないなと笑った。


 零蒔玄は思う。


 これから先零蒔玄は延々と強い奴と戦っていく。


 負けたことはないが、負けた後どうなるかもわからない。


 その時は消えるのかもしれない。


 それでも零蒔玄は歩みを止めるつもりはない。


 さあ、


 見合って、見合って。


 はっけよい。


 のこった。


 二つの体がぶつかり合う。

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