3-2

 変わらないように見えたカガミさんの顔にも、さすがに酒の色が滲み出している。目元が紅く潤んでいる。彼女は酔っているだけだ、と私は自分に言い聞かせる。

「だからさ、あたしは考えたわけよ」湿り気を帯びていた声が、一気に乾く。「どうにかこの機械を出し抜けないかってね」

「出し抜く?」我ながら素っ頓狂な声が出た。「頭の中身全部覗かれちゃってるのに?」

「実はそこが盲点なのよ」チッチッチッ、とカガミさんは人差し指を振る。これも本当にやっている人間を見るのは初めてだ。「正面突破でコイツの顔に泥を塗ることは出来る」

「話が見えないんですけど」

「あたしが最近、暇な時なにしてるか知ってる?」

「考えたいと思ったこともありません」

 彼女はポケットからタブレット端末を取り出し、画面のロックを外した。指を何度かスワイプさせた後、端末を私の方へ差し出してきた。

 木々のざわめきと鳥の鳴き声だけだった世界に、女の喘ぎ声と皮膚同士のぶつかる破裂音が加わる。画面の中では果たして、異様に肌を光らせた裸の男女が交わっている。私は言葉を失った。

「もしかして刺激が強すぎた? もっと凄いのもあるよ」

「呆れて思考が停止したんです」私はタブレットを突き返す。「つまり、ずっとエロ動画を観ていると」

「動画だけでなく、四六時中エロのことだけを考えてる」

「今までと変わらないじゃないですか」

「何を根拠に失敬な。〈清純が服着て歩いてる〉と言われた女だぞ、あたしは」

「それが裸のことばかり考えてるんだから、周りの眼がいかに節穴かってことですね」

「そう、節穴なんだよ。連中の眼は。勝手に作り上げたイメージで、あたしを語るんだ。そこに本当のあたしを見せつける。エロをフル装備した本当のあたしを」

「カガミさんは、やっぱりサーバの中には移れないと思ってますか」

 彼女は頷く。

「残念ながらね。だからこういう作戦を立てた。仮に移れたとしても、こんな風に本音で喋る機会がないのなら、それをあたしは幸せだとは感じない」

「あ、なんか嬉しい」

「香典弾めよ?」カガミさんは酒を呷る。

 私は否とも応とも答えず肩を竦める。それから、

「『本当のあたしを見せつける』って、なかなか思春期的ですね。何かの歌詞みたい」

「そんなようなこと歌ってたんじゃないの?」

「歌ってたかも。いえ歌ってましたね、恥ずかしながら。ついでに言うと、結構大人になるまで同じこと思ってました」

「今は違う?」

「違わないかも」

「その歌、歌ってくれない?」

「死んでもイヤです」

「冥土の土産としてさ」

「手ぶらで行って下さい。もしくは生きているうちに晒した恥を全部抱えて」

「あんたの歌が聴けたら地獄にだって行ってもいい」

「元々行き先は地獄ですよ」

「ケチ。出し惜しみ。だから売れないんだよ」

「最後のひどくないですか?」

 カガミさんは笑う。私も笑う。

 二人でケラケラ笑い合う。

「あーあ」やがてカガミさんが、目尻に泪を溜めて呟いた。「死にたくねえなあ」

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