第9話 決戦

 翌日。立川市、某高校。放課後。

 生徒たちは全員帰した。メグはグレーのブレザーにリボンという出でだちだ。中学校の時の制服らしい。赤く染めた髪の毛でもよく似合っている。

「中二で成長期終わっちゃった」

 と肩を竦める。

 テケテケが服装に頓着するとは思えなかったが、なんとなく気分として着てきたらしい。

「テケテケに追い掛けられるゴスロリとして私が都市伝説になっちゃう」

 と言うことである。スタンバイしているのは、大川拓真がバスケットで遊んでいた辺り。二年A組の窓から来ると予想して、ナツはそこを狙える場所に張り込んだ。ルイとアサは警棒を持って、校舎の影で待機している。もし、窓からテケテケがこちらを見ているようなら、こちらにも聞こえるような大声で「こっちに来ない?」と告げる予定である。

「突き指って公務災害になる?」

 重たいバスケットボールを持ちながら、彼女はアサを見上げた。アサは眉を上げて、

「公務中に生じた全ての傷病は公務災害の対象だから安心しろ」

「はぁい」

 そして二人は別れた。メグはゴールにボールを投げる。スポンジボールのようには行かず、リングに当たって明後日の方向へ弾き飛ばされた。


 校舎の影で張っていたルイは、アサをちらりと見上げた。

「どうしました?」

「桜木さん、落ち着いてるなって」

「五条は変な所で肝が据わってますし、場数を踏んでいますからね。安心してください。何もしらない子供を囮にするのとは訳が違います」

「そうだけど」

 ルイにとって、高校生の五条メグは、たとえ本人が生まれつきの霊能者であり、都伝のコンサルタントとして場数を踏んでいるとしても、本来ならば警察官である自分が守るべき「子供」だった。

 その彼女に逆に助けられたと言うのは、どう見られるかと言うのを無視して正直に言うなら「プライドが傷つく」ことである。少なからず、ルイが落ち込んでいる理由にそれはあった。

「僕は、キャリアだからさ」

 ぽつりと溢す。

「だから、ちゃんとしてなきゃ行けないし、高校生の女の子にも、ノンキャリの警部補とか巡査部長にちゃんと警察官として示しがつくようにしなきゃってずっと思ってたわけ」

「佐崎の方が年上ですよ」

「階級は僕の方が上じゃない」

 そう言って唇を尖らせると、アサは小さく笑みを溢した。

「あ! 入った!」

 メグの歓声が上がる。どうやらゴールできたらしい。

「俺の話もして良いですか?」

「良いよ」

「室長や五条のそう言う明るかったりまっすぐだったりするところを見てると、人間も捨てたもんじゃないなって思います」

「何言って──」

 何言ってるの、僕と歳そう変わらないのに。そう言おうとしてアサの顔を見たルイは言葉を切った。いつも二十代後半だと思っていたその顔は、一気に老け込んだ様に見えた。三十代、四十代、いや、もっと……。

「桜木さん……?」

「怖かったり無理だったら迷わず口に出してください。俺たちはそれくらいで呆れたりしません」

「う、うん……」

 ルイは頷いた。奇妙な沈黙が流れる。そのだんまりが耐えられなくて、

「僕や五条さんのって言うけど、佐崎さんは?」

「あいつはスレてるので駄目です」

「どう言うこと!?」

「ねえ!」

 その時、校庭の方からメグの大声がした。

「そんなところじゃなくて、もっと近くで見ない?」

 二人は駆け出した。メグの姿が見えると同時に、下半身のない少女が上から降りて来る。いや、落ちてくると言った方が近いか。

「おい!」

 ルイが低い声で呼びかけた。テケテケはこちらを振り返った。顔が少し汚れている。昨日、アサとルイで蹴り飛ばした跡か。そう思うとほんの少しだけ申し訳ない気持ちになると同時に、やはり蹴りは効いているのかと妙な納得をしてしまう。

 その時、何かがテケテケに当たった。遠くから飛来する小さい何か。ナツの狙撃だ。アサがまたも駆け寄って蹴りを入れる。ルイはしゃがみこんでその横っ面を警棒で張り飛ばした。

「おい! 覚えてるか!? 昨日お前が噛んだ奴が僕だよ! また噛めると思ったら大間違いだぞ!」

 テケテケはルイを覚えていたのか、はたまた近くにいた彼を格好の獲物と思ったのかは定かではないが、顔一面にニヤニヤ笑いを貼り付けると、ルイに飛びかかった。

「室長!」

 倒されたルイは受け身を取ると、相手の顎に掌底を叩き込んだ。装備していた無線からナツの声がする。

『室長! 悪いけどそのまま押さえといて! 顔は守るんだよ!』

「了解! 早く頼むよ!」

 送話ボタンが押せないからナツには届かない。けれどルイは叫ばずにはいられなかった。

「五条、射線だ。離れとけ」

 アサの声と、遠ざかるメグの足音。ルイは必死になってテケテケの猛攻を躱した。一定の方向から何かを受けているように、テケテケが嫌がっているのがわかる。やがて、相手は叫び声を上げるとルイの上から吹き飛んだ。

 ルイが飛び起きてそちらを見ると同時に、テケテケは破裂した。


「疲れた! 明日有給使う!」

「どうぞ」

 帰りの車の中で、ルイが大声で宣言すると、アサが苦笑して答えた。砂まみれになったジャケットは高校でもらった紙袋の中だ。立川北署にも報告済み。

「いやあ、それにしても、室長があんな身体張るなんて。いや、侮ってた訳じゃないよ。昨日の今日でだなんてって思ってさ」

 後部座席で脚を組むナツが言い放った。ルイは胸を張って、

「そうでしょ、そうでしょ。もっと褒めて良いんだよ」

「大統領」

「ふふん」

「怖くなかったの? 私だったら怖くて無理」

 囮なんて一番怖い筈の役を引き受けたメグが目をぱちぱちさせながら尋ねる。

「取り逃がす方が怖かったっていうのがある。やっぱり、僕は責任者だからね。うんうん。今回の事で、改めて自覚したよ。僕は都伝の室長として責任があるって」

「元々責任感としては相当だったと思いますが……」

 運転席のアサが小さく呟いた。

「でも、改めてよろしくお願いしますね、室長」

「よろしくね、室長。まあ、一人で全部やんなきゃ行けないわけでもなし。気楽にね」

「そうだよ。よろしくルイさん」

「僕ぁ良い部下に恵まれたなぁ」

「ハイになってるね……」

「ちょっと落ち着いた方が良いのかも」

 後部座席でぼそぼそとそんなやりとりがなされている。聞こえていたアサは苦笑した。

「寝てて良いですよ。着いたら起こします」

「そお? じゃあちょっと失礼して……ああ、でもなんか興奮して寝れないかも」

「大丈夫です。室長は昨日の疲れと今日のこれがあったのですぐに眠れます」

「そうかなぁ」

 そんなことを言いながら、ルイは窓枠にもたれかかって目を閉じた。

 そこから、本庁舎の駐車場でアサに起こされるまでの記憶は一切なく、やはり疲れているとの自覚を得て次の日有給休暇を取得したのであった。

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