第8話 対策
「本当にごめんなさい」
東京都千代田区、警視庁本庁舎。
ルイは待っていたナツとメグに深々と頭を下げた。顔を上げて、
「それからありがとう」
「いやあ、あたしたちはすぐ所轄に任せて戻って来ちゃったんだけどね」
学校にはグラウンドを当分使用不可にすることを勧め、立川北署には通常の不審者への対応としての動きを依頼した。
「助けてもらった子は感謝してたし、安藤さんは心配してたよ」
「あとでメール……電話しなきゃ」
それ以外の所轄の警察官は、本社のキャリアが出しゃばって勝手に怪我したと聞こえよがしに言っていたが、ナツは聞こえないふりをしたし、ここでも口に出すことはしなかった。
「あの人生き霊とか恨みの念がいっぱい憑いてるけどわかる気がする」
メグがぼそりと言ったのでナツはそれに満足した。
「ちょっと迷っちゃって……近くで見ると割と普通の女の子だったし……だから、つい殴るのに気が引けちゃって」
正直に話すと、メグがその肩をぽんと叩いた。
「そこがルイさんの良いところだよ」
「あたしもそう思うし、責めるつもりはビタイチないけど、どっちにしろ取り逃がしたことは変わらないよ。警察としては失態であることには間違いない」
「それはわかっている」
これで甘やかされたら警視として、室長として、何より警察官として立ち直れない。彼女の言うことは正しい。自分もそう思うし、これからどうするかを考えるのが警察の仕事だ。ナツはアサを見上げて、
「アサ、どうする? 室長がお望みなら、このまま簡単に次回の対策を考えて解散が良いかなって思うけど」
「そうだな。室長、どうしますか?」
「そうしてもらえると……僕は安心できる……」
「わかりました」
アサが自分を帰したがっていることはわかっている。けれど、今一人で帰ったところで後悔と羞恥で眠れないだろう。アサもそう思ったのだろう。それ以上は反対せず、椅子を引いて席に就いた。
「校庭、というのがミソだと思う」
アサがタブレットで簡単なまとめを共有しながら言った。
「大川拓真もそうだったし、今日の陸上部の彼女」
「中原葉月ちゃん」
メグが名前を伝える。
「今回テケテケが覗いてた窓が、自分のクラスだったんだって。見覚えがないから、何してんの? って聞いたら襲いかかって来たって」
「中原葉月も校庭で襲われた。恐らく、大川拓真が一発目だったんだろうな。それで首尾良く噛み付くことができたので、誰かが校庭にいるときに発動する怪異として具現化したんだろう」
「という事は、校庭を使用禁止にすれば出現しようがないね」
ナツが頷いて、
「でも、どこの学校にも決まり守んない子はいるだろ」
「度胸試しとか」
ルイが目を閉じる。
「だから、すぐに決着をつけないと。僕たちはテケテケに噛まれるとそこが腐るというパターンを知っている。もし、次回の出現にそれも反映されてたら最悪だよ。早ければ明日でも。でも、どうやって釣り出す?」
「囮は危険すぎます。大川拓真は初めて見たからとは言え逃げ損ねました。中原葉月は短距離走に強いから逃げ切れたんです。陸上部にしたって次逃げ切れる保証もない」
「私、行こうか?」
メグが言った。三人が一斉に彼女を見る。
「危ないよ」
「大丈夫。どうしても危なくなったら地獄に落ちろって言ってやるから」
「ああ……」
撃退のための呪文。「地獄に落ちろ」。そう言えば、出発前にメグが言っていた。それをすっかり忘れていた。ますます情けない気分になる。アサも似たような顔だった。二人とも、おまじない的な撃退よりも、物理的な干渉に重きを置いてしまったのである。今まで、それで上手く行っていたから。
「だから大丈夫だよ。また取り逃がしちゃうかもしれないけど、その時は地獄に落ちろって言ってやるから。ちなみに、話せる子には全員伝えたから、それが広まってくれれば撃破ができなくても被害は減らせるかも」
「上に掛け合って五条さんのボーナスを増やしてもらおう」
ルイはぐったりと背もたれにもたれかかった。
「コンサルタントはボーナスないよ」
「今月のお給料増えないかな……人事考課で褒めておくね」
「期待しとくね」
メグはにっこりと笑う。
「決まりですね。五条、明日お前の喉が潰れてたら中止だからな」
「風邪引かないようにしとくね」
「あたしはライフルで行くね」
ナツはそう言うと、組んでいた脚を解いて椅子から降りた。ロッカーから大きな箱を取り出す。
「これを担いでったら、子どもたちに怖がられるかなぁ。でも仕方ないよね。これで窓から狙ってるよ」
M14の電動ガンがそこに収まっていた。恐らく、これだけでも充分人を傷つける能力はあるだろう。
「よろしくね」
メグが言った。それは「私に当てないでね」と言う意味ではなく、単に役割分担した仲間に告げる言葉。
「じゃあ、今日はこれで。明日朝一で高校と立川北署に連絡する」
ルイのその言葉で、解散と相成った。
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