第6話 ルイの負傷

 ナツとメグに生徒たちを任せて、ルイとアサは正面玄関に向かった。体操服の少年少女と、教職員たちが難しい顔で大騒ぎしている。

「何事ですか!?」

「あっ、久遠さん……そちらの方は?」

「部下の桜木です」

「警察の方? えっと、テケテケが出たって陸上部の子が……!」

「え!? 今どこに!?」

「校庭です。今逃げてるの!」

「室長、警棒を」

 アサに促されて、ルイは警棒を抜く。ここに来る前のやりとりを思い出しながら……。


「あ、そうだ警視。警棒はいつでも使えるようにしておいて下さい」

「どうして? 本物の変質者だった場合?」

「それもありますが、いざとなったらこれでテケテケを蛸殴りにします」

 テケテケを蛸殴り。

 その言葉の強さに、ルイは唸った。

「物理、通じるの?」

「通じます。向こうが物理干渉してくるのでこっちも出来るとお考え下さい」

「ああ、そうなんだ……佐崎さんのBB弾じゃないと効かないと思っていた……」

「そんなこたぁないよ」

 ナツがスポンジボールをゴールに放り投げながら言う。

「機動隊が盾で囲んで殴りまくったらテケテケも死ぬと思うよ。それは機動隊の仕事じゃないってだけで」

「そう、俺たちの仕事だ」

 アサが苦笑する。

「メリーさんは耐久が低かったのでBB弾一発でやられました。恐らく室長がパイプ椅子で殴っても倒せたと思いますよ」

「あ、そうなんだ……」

「もちろん、人間からの攻撃が効かないという思い込みも向こうの武器ではあります」

「効かないと思いながら叩いたら通らないかもしれないってこと?」

「それは試していないのでなんとも。俺は常に殴れると思って殴っているので」

「テケテケレベルだったら、一発二発のBB弾じゃ倒せないかも」

「ああ、わかってる。その時の為の警棒です」


(僕にテケテケを殴れるだろうか)

 一抹の不安を覚えながら、案内の生徒に連れられて二人は校庭に飛び出した。校庭を全力疾走している少女と、それに追いすがる上半身の人間が見えて、ルイは心臓が跳ねるのを覚えた。恐ろしいと思ってしまう。

 脚のない人間そのものは存在する。けれど、その「脚がない」ということを一つの特徴とした怪異はとても恐ろしい。アサがルイを追い抜いた。

「こっちだ!」

 生徒に呼びかける。彼女は凄まじい形相でこちらに向かって掛けてくる。アサはすれ違うと同時にスライディングでテケテケに突っ込んだ。靴底が相手の顔面にぶち当たる。

「桜木さん!?」

「室長! 叩いて!」

 ルイはすぐに追いつくと、アサの靴底を食い破ろうとしているその顔面に蹴りを入れた。確かな手応え。すごく嫌な気分になる。怪異とは言え少女を蹴り飛ばすなんて。

 ……本当にこれは怪異なのだろうか?

 一瞬だけ、そんな疑念が差し込まれてしまう。

 本当に、これは怪異なのだろうか。メグの意見も聞いていない。いや、しかし下半身のない人間が、腕の力だけでこんなに早く動ける筈がない。すぐに疑念を振り払う。

 けれど、その一瞬の迷いが隙を作った。アサが立ち上がるまで少しのタイムラグ。その間に、ルイが警棒で叩けば隙は生まれないはずだった。

「室長!」

 アサが叫んだ。テケテケが腕の力だけで跳躍してルイに飛びかかる。

「うわっ!」

 目の前で歯がガチッと高い音を鳴らした。ルイは歯を食いしばって顔を背ける。振り払おうとしたその時、左前腕に激痛が走って思わず叫んだ。

 その時、高い破裂音がした。テケテケが振り返る。同時に、

「地獄に落ちろ!」

 少女の高い声がした。メグだ。という事は、破裂音はナツか。そんなことを考える。テケテケはメグの声を聞くや、ルイの上から飛び退る。立て続けにナツのエアガンがBB弾を飛ばしたが、相手はそのまま姿をくらませた。

「室長! 無事かい!」

 ナツが駆け寄ってルイを起こす。

「な、なんとか……ごめん、油断しちゃった」

「いえ、仕方ありません。怪我は……」

「左腕噛まれちゃった……」

「えっ、大丈夫!?」

 メグが顔を強ばらせた。

「大変! 救急車呼ばなきゃ……!」

「そこまでじゃないよ! ちょっと痛いけど」

「病院には行きましょう。車出します」

「う、うん。生徒さんたちは?」

「屋内退避してもらったよ」

「不安にさせちゃったかな……」

「仕方ありません。怪異が相手ですから。佐崎、立川北署の安藤警部補に連絡取って事後処理を頼む」

「わかったよ」

「俺は室長を病院に。五条、お前も残ってくれ。もし形跡があれば頼む」

「任せて」

 女二人はこっくりと頷いた。ルイはアサに付き添われて車に乗る。ナツが電話をしながら、こちらを気遣わしげに見ているのがバックミラーから見えて、ルイは情けない気持ちになった。

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